「ピヴィエラは産後なのに、君が不用意に罰を与えて虫の息だよ。
君が何を言っても返すつもりはない。
どうせ死ぬんだから、伴侶を止める手伝いくらいはしてもらう」
冷たく突き放す言い方をする王女。
しかしピヴィエラの苦痛を和らげようと触れている、王女の手つきは優しい。
「ならば王女がピヴィエラを殺すようなものですな!」
突然、声のトーンが変わった?
愉悦が混じって……。
「んー、まあそれで良いよ?」
「ニャニャニャ?!」
(それだと王女が聖獣の死に責任を問われるぞ?!)
思わず猫語で叫ぶ。
レジルスとラルフも王女に驚愕の表情を向けた。
しかし王女は相変わらず無表情……いや、面倒臭そうだ。
間違いなく、わかっていて是と答えている。
ピヴィエラが言葉を発しようとするも、手で塞いで止めた。
「私もキャスケットも万能じゃない。
これだけの規模に大掛かりな結界を張るんだから、ピヴィエラの手伝いは必要不可欠だし。
それに私には聖獣キャスケットがいる。
陛下は聖獣を王家から手放すような真似だけは、絶対しない。
生まれてすぐに捨てるくらい憎い王女を、聖獣と契約したからと遡って戸籍に入れ直したくらいだもの。
私に与える罰なんて、たかが知れている。
そもそも陛下は、いつも通り私に全ての不手際を擦りつけるつもりで、この森に派遣したんじゃない?
聖獣ピヴィエラが死ぬとまで考えていなかっただろうけど。
まあ結果的に聖獣が死んで、四大公爵家の1つが勢力を落とすなら、それはそれで良しとするはずだよ」
王女が言い終わらない内に、レジルスが怒りから小さく唸る。
俺には王女の話が真実かは、正直わからない。
それでも王族であるレジルスの反応を見れば、真偽のほどは想像するに難くない。
先々代の国王は賢王ではなかったのか……。
「……ピヴィエラが本当に死ぬと考えているのか?
聖獣がそんな簡単に……」
アッシェ公爵は最終的な責任が、自分に向く事はないと確信はしたんだろう。
それでも聖獣を失うだけでなく仕えている国王が、それを良しとするとは考えたくなさげだ。
「状況も考慮せず、君がお気軽に罰を与えすぎた。
聖獣が頑丈で使い勝手の良い、永遠に使い続ける事ができる道具とでも思っていた?
勘違いしないで。
ピヴィエラは危険度Sの魔獣の伴侶だから、説得に使えるだけ。
聖獣としての力は、もうあてにできないよ」
「ならばピヴィエラの卵は?!」
「代わりにしようとでも?
どのみち全て王太子と君の息子が割ってしまったよ。
そうでなくとも、君達に魔獣を聖獣へと昇華させるだけの魔力もないし、信頼を育むのも無理がある」
「そんなものは必要ない!
契約すればどうとでもなる!」
「そう。
ならそう思っていれば良い。
そろそろ行くよ」
「チッ、待て!
災害級の魔獣を生け捕りにして、私に引き渡せ。
従魔契約して、ピヴィエラの代わりにする。
そうすればスリアーダ王妃に、今後の王女に便宜を図るよう、父親である私が直々に頼んでやる。
陛下が王女に罰を与えずとも、王妃は嬉々として内々に罰するだろうからな」
何だと?!
スリアーダ王妃が?!
いや、それだけじゃない!
そうと知っていて、四大公爵家当主ともあろう者がこれまでに止めようともしていなかったのか?!
ここで引き合いに出すくらいだから、そうだろうな!
まさか他の三公爵も……。
「必要ない。
そもそも危険度Sの魔獣に、そんな手心加えられない。
アッシェ公は諦めて、聖獣を失った事についてどう弁明するか考えて奔走しなよ」
「このっ、役立たずの王女め!
城に戻ったら、どうなるか覚えておけ!」
怒りに任せた騒々しい足音が遠ざかる。
「……すまぬ」
「ん。
それじゃあラグォンドルのところに行こう、ピヴィエラ。
君達も来……るみたいだね?」
間髪入れずに俺達が足下にくっついた。
もちろん俺達は全員一致で是だ。
転移した先では上を向いて気絶していた黒蛇、ラグォンドルをキャスケットが見張っていたらしい。
「ベル!
アッシェの爺、殺そう!」
王女の顔に勢いよく飛びかかり、へばりついたキャスケットの殺意が強いな。
眷族を通して、アッシェ公爵の暴言を聞いていたのか?
「……モガモガ……モガモガ……」
王女は何か話そうとしたものの、白い毛に物理的口封じをされてしまったらしい。
口封じに気づいた王女はラルフにしたように、ぞんざいな手つきでキャスケットを顔から引き剥がして自分の頭に載せる。
「キャスケット、時間がないからね」
「もう!」
キャスケットは怒りが治まらないらしい。
九尾の尻尾を王女の後頭部に打ちつけるが、殺傷能力は低そうだ。