「ピヴィエラ!」
「騒ぐでない」
ピヴィエラは王女に告げた通り、契約を破棄したんだろう。
瞳の色が魔獣と同じ赤色に変わった途端、体には深い裂傷が走り、煤が混じったような黒い血を吐いた。
腕のないラグォンドルは伴侶の名を呼びながら、抱きしめるようにピヴィエラを内側に入れてとぐろを巻く。
「ピヴィエラ……」
王女の頭上で小さく呟いたキャスケットが、悲しげに目を伏せた。
同じ聖獣、過去に同じ類の契約をしていたからこそ、思う事があるのかもしれない。
その時、王女が無言でピヴィエラに魔力を流し、発現してあった魔法陣を本格的に起動させる。
魔法陣が6つに分かれた。
各魔法陣に、聖、闇、風、火、土、水の属性を感じる。
王女は全属性の魔力を有していたのか。
「ワフ」
(やはり綺麗だな)
やはりという言葉に引っかかりを覚えながらも、レジルスの言う通りだと頷く。
ラグォンドルの下で輝く6つの魔法陣は神々しくもあり、優美。
人を魅了する美しさだ。
「君達はそこにいて」
王女が俺達を残し、魔法陣へと足を踏み入れる。
「シャー!」
「ラグォンドル、怖がらなくていいよ。
私はピヴィエラを傷つけない。
苦痛を肩代わりするだけ」
そう言って王女はとぐろの中にいるピヴィエラに触れる。
ピヴィエラのように煤混じりの血を吐き出す事はなく、眉根が寄るに留まる。
「愚か者。
妾は直に死ぬ。
そのような事をする必要など……」
「これ」
ピヴィエラの言葉を無視し、王女が両手を差し出す。
次の瞬間には、白くて丸いボールが5個現れた。
「「これは?!」」
夫婦で声が重なった。
「君達の子供。
割れてしまった卵はどうする事もできなかったけれど、ヒビが入っていた卵は修復した。
ねえ、ラグォンドル。
1度ヒビの入った卵だから、生命力は弱い。
君が魔獣のままなら、孵化させられない。
けれど君が聖獣に昇華し、私と契約する事で私の魔力を扱えるようになれば、どうかな?
契約する時に使う私の名前には、卵の母親であるピヴィエラの祝福が付いているからね。
影響するはずだ」
卵生の魔獣が孵化するには、親が卵に魔力を与え続ける必要がある。
ラグォンドルは、伴侶の死に追従するつもりだったのかもしれない。
それに気づいたからこそ、王女は卵を見せたのだろう。
「ラグォンドル。
妾の愛しい夫。
妾は誰も恨んでおらぬ。
なれど悔いはある。
我が子を失った事じゃ。
それでもベルジャンヌのお陰で希望が遺った」
「ピヴィエラ……俺は……」
ここに来て、初めて迷いを見せるラグォンドル。
ピヴィエラは更に続ける。
「どのみち妾は長く生きた。
故にそなたと出会い、内に秘める膨大な魔力と生きる意志の強さに聖獣の素養を見出し、次代の聖獣にする為に育んだ。
そなたを愛しいと感じ始め、妾は隷属性を含む聖獣契約だけは引き継がせたくないと先へ延ばした。
そうする内に時間が経ち、そなたは妾の夫となった。
こうして契約を断ち切り、妾が名と祝福を与えたベルジャンヌにならば夫も子供も安心して預けられる。
そして妾が哀れに感じて助けたベルジャンヌを、今度はそなたにも守ってもらいたい。
真に、哀れな子供故に……」
ピヴィエラがラグォンドルと額を合わせる。
青銀に輝く魔力がラグォンドルに纏うのが視えた。
「……これが、この子供が?」
ラグォンドルが驚いた顔で王女へと顔を向ける。
「ラグォンドル、これが妾が聖獣として最後に伝える憐憫の情じゃ」
「………………わかった」
長い沈黙の後、ラグォンドルが頷いた。
ラグォンドルからは王女への敵対心が完全に霧散している。
もしかするとピヴィエラはラグォンドルに、王女の過去を伝えたのか?
魔獣には個体差もあるが、他者を憐れむ感情は薄い。
だというのに人へ殺意と憎悪を抱く魔獣が、こんなにも簡単に心変わりするとは……。
「ベルジャンヌ、頼む」
ピヴィエラの言葉を受け、大人しくなったラグォンドルの昇華が始まった。
初めて見た光景は、荘厳。
俺もラルフも一言も言葉を発する事なく、ただただ魅入った。
「クゥン……」
(公女……)
レジルスだけは……意味がわからん。
妹に何か想いを馳せていた……っぽいのか?
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
聖獣がどうやって昇華するかについては、No.254〜No.257あたりをご覧下さい。
もちろんラグォンドルはディアがラビに唆され……んんっ、お願いされたように「ベルジャンヌ、愛してる!」とは言わなかったと思いますが(^_^;)
次回は昇華後のシーンから始まる予定です。