「またか……」
再び眩い光に吸いこまれた感覚がして、次の光景に思わずぼやく。
王女が打ち捨てられていた、寂れた廃墟。
しかし向こうには、どこか見覚えのある小屋が建っていた。
明らかに城の宮より、小屋の方が真新しさを感じさせる。
違和感しかない。
小屋の外観は、俺の妹がロブール邸で使っている離れと同じだった。
そう気づいて、眉を顰める。
明らかに違うのは、周りに可愛らしい門扉がない事。
そして場所がロブール邸の庭ではない事。
ロブール邸にある離れは、確か祖父母が大恩ある方と過ごした小屋に模して作ったと聞いている。
祖父母は離れで過ごす時間があったから、苦難に堪えられたのだと……。
祖父母が言う大恩ある方、という言葉に興味が湧く。
この小屋に恩人がいるのか?
場所が見覚えのある廃墟だが、まさか……。
自然に足は、小屋へと向かう。
近づくと、小屋を挟んだ向こう側から人の気配がした。
「随分と顔色が悪いね」
不意に、少女の声。
更に足を速める。
小屋の向こうに小さな畑が見えた。
「……問題ない」
声変わりし始めたような、少年と思しき声もする。
「魔力も乱れてる。
もう帰りなよ。
今はロブール家の当主教育も忙しいでしょう。
ここに来た時点で婚約者の義務は果たしたんだから……」
「……問題ないと言っている」
ロブール家の当主教育に、婚約者の義務?!
淡々とした少女の言葉に、まさかという思いと、やはりという思いが頭を過ぎる。
それにしても、苛立つような少年の声音には、どこか余裕の無さを感じるな。
何故だ?
「んー……ねえ、どうして魔力が瞳に集中してるの?」
見えた!
白桃銀の髪に、藍色の瞳の少女。
やはり王女だ!
相変わらず無表情だが、その姿にほっとする。
地下牢で魔力枯渇に苦しんでいた王女は、無事に成長できたようだ。
「気の所為だ」
王女と向かい合って座るのは、俺と同じ髪色の少年。
顔立ちも俺や父上と似ている。
不機嫌そうにも見える少年は、礼装。
しかし小屋の軒の下で、粗末なテーブルにつく2人は、婚約者同士とは思えない殺伐感がある。
王女は……いかにも畑仕事をしてました的な服装?
ズボンの裾に土がついているぞ?
あれ?
婚約者同士の面会……だよな?
テーブルは……妹が手作りしたと言っていた、持ち運びしやすい折り畳み式にそっくりだ。
妙なところに懐かしさを覚えて、ちょっと頭が混乱するぞ?
ティーセットだけは、妹お手製の怪しい柄入りと違って白磁だが、安物だな。
そこだけは妙な安心感を覚えて、また頭が混乱しそうだぞ?
2人の立場をあえて考えなければ、場には馴染んでいるんだが……。
相変わらず、王女は王女らしい扱いをされていないんだろうな。
どうする事もできないとわかっていても、怒りを感じてしまう。
「無意識なら、魔力を散らせ……」
「気の所為だと言った」
俺の姿が見えていない2人は会話を続けるが、少年、いや、恐らく祖父の顔だろう。
祖父の顔には剣呑さが募っていく。
待て、祖父の魔力が揺らぎ始めていないか?
金緑の瞳は煌めきを増していくぞ。
……これは、まずい。
俺が瞳の力に目覚めた頃のような症状だ。
「でも、そのままだと……」
「黙ってくれ!」
__ガチャン!
祖父は手にしていたカップを乱暴に置いた。
そのせいで割れてしまう。
しかし祖父は苛立っているんじゃない。
余裕がないんだ。
「あ……す、まな……うっ……」
祖父は反射的に謝ろうとするも、目を押さえて呻く。
「もしかして、魔力の制御が……」
「違う!」
王女が立ち上がり、祖父に向かって手を伸ばしかけるも、拒絶するかのような祖父の大声で手を止めた。
その時だ。
「姫様?」
白髪に黒目をした可愛らしい見た目の女児が、小屋の中から出てきたのは。
女児はメイド服を着ているが……あれ?
この子、何か教皇に似ていないか?
そういえば以前、教皇の記憶を垣間見た。
まるで教皇自身になったようなビジョンだった。
あの時、視界の隅には自分が着ている服が映っていたな。
メイド服、だったような……あれ?