「リリ、向こうに……」
リリ?!
やはりこの幼女、いや、幼児は教皇か!
「なっ、お前っ!
お前もやっぱり姫様を傷つけるつもりか!」
王女が教皇に声をかけるも、魔力暴走しそうな祖父を一瞥した途端、リリは声を荒げて王女の元へ走る。
リリの言葉が一瞬、引っかかる。
しかし今はそれどころではない。
「チッ、向こうに行っていろ!」
「リリ、違う。
彼にそんなつもりは……」
舌打ちした祖父が叫び、王女は背を向けて威嚇するリリの肩に手を置く。
祖父の周りの魔力が呼び水になったかのように、水滴が発生し始める。
宙を浮く爪の先ほどの水滴は、回転しながら他の水滴とくっついて大きくなっていく。
明らかな暴走の初期段階だ。
しかし俺の知る暴走よりも大きくなるスピードが緩やかだ。
「姫様、危ないです!
この、馬鹿王太子の手先!」
「違う!」
祖父へ敵意をぶつけ続けるリリに、祖父は感情が爆発したかのように激しく否定する。
「リリ!」
そう叫んだ王女は、思わず体が動いたのだろう。
掴んでいた肩を自分の胸元に引き寄せながら、クルリと回って祖父に背を向けた。
王女は防御も反撃もしなかった。
それは祖父の魔力に干渉する事を優先していたからだ。
王女は祖父が魔力を暴走を始めてからずっと祖父の水属性の魔力に、同程度の出力で火属性の魔力をぶつけていた。
同時に土属性の魔力で、火と水の魔力が魔法を発動しないよう抑制するという高難度の魔力操作まで……。
だからだろう。
祖父が突如発生させた、風属性の魔力に対応するのが遅れてしまったのだ。
王女は祖父が発生させた魔法を背中で受ける。
衣服が大きく裂けたかと思った次の瞬間、血が飛散する。
そうなる直前、一瞬だが鞭で打たれたような傷痕が見えた。
傷は赤みを帯びていて、最近のものだとわかる。
妹のラビアンジェが母に鞭打たれた時に、よく目にした痕だ。
見間違えるはずがない。
まさか……この時代の王妃、スリアーダか?
確か王太子は母親に罰を与えてもらうと言っていた。
それとも、それ以外の誰かに?
「姫様!
貴様ぁ!」
王女の腕に抱きしめられたリリが激昂する。
「あ……す、すま……ぅうっ!」
祖父は謝りかけたものの、呻いて地面に両手をついてしまう。
祖父の魔力は抑えが利かなくなり、大きくうねって魔法へと具現化を始めた。
「リリ、黙れ」
その時、王女が明らかな意図でもってリリへと命令を下した。
絶対的強者の威圧感に、リリの体がガタガタと震え、黒い瞳には怯えが宿る。
「……あ」
「ん、良い子。
心配しなくて良い」
口ごもるリリに、王女は無表情なまま威圧感だけを霧散させる。
白髪をひと撫でしてから、祖父へと向き直った。
「ロブール公子、正直に答えるんだ。
魔力を自分で鎮められる?」
いつの間にか幾本もの細長い水の竜巻に取り囲まれた祖父が、ゆっくりと首を左右に振る。
「リリ、小屋の中に入ってて」
「……はい」
今度こそ王女の言葉に従って、リリは小屋に入る。
かと思えば、すぐに窓から顔を覗かせた。
その時ふと、小屋に掛けられた保護魔法に気づく。
これなら窓も含めて小屋が破損する事はないだろう。
王女はリリをチラリと見てから、竜巻や荒ぶる魔力をものともせずに祖父へとツカツカと歩み寄る。
四つん這いで地面を見つめる祖父の顎を、しゃがみこんだ王女が無遠慮にクイッと上げる。
__ザシュッ。
途端、魔力が風刃を生む。
王女の手が一瞬で傷だらけになってしまう。
「手を、離すん、だっ」
「これ、ロブール家の瞳の力かな?」
焦る祖父に対し、王女は何とも呑気そうな口調だ。
手の傷が増えていくのをものともせず、好奇心を発動させていないか?
表情はずっと無表情なんだが、視線はとんでもなく興味深そうに祖父の瞳へ集中しているぞ?
王女は間違いなく、妹のラビアンジェと同じ人種だ。
興味をそそられると状況などお構いなしに、自分の好奇心を優先させるタイプだ。
「何を、言っ……早く手をっ……」
苦悶に顔を歪めながらも、王女を傷つけまいと身動ぎする祖父。
王女は祖父に……って、待て待て待て待てー!
「んんっ?!」
「はあぁぁぁ?!」
祖父の悲鳴にも似たくぐもった声と、思わず叫んだ俺の声が被る。
何でっ、王女はっ、祖父にっ、口づけてるんだー!!
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
No.403の伏線をそろそろ回収できそうです。
作者:恋愛ジャンルだもん♪
キャスケット:僕が不在中に、ベルに何してんだー!
作者:ちょっ、爆風止めっ、わぁぁぁ!
ラビアンジェ:恋愛?色気が無さすぎるわ?私なら……熟腐腐腐
作者:くっ……色々と痛い( ;∀;)