「離れ……」
「ワンワン!」
まずミルローザに離れろと告げようとした時、見覚えのある黒い犬が吠えて駆けてきた。
黒犬の瞳、朱色なんだが……。
首輪、ついてるな……。
首輪に何かわからん、グチャグチャの黒い毛玉みたいな絵が描かれてある。
毛虫か?
触角が2つに、赤い点が2つ付いている。
毛虫の横に……ポチ?
何だ?
何かの暗号か?
それとも毛虫は書き損じ?
グチャッと消した跡か?
ポチ……ポチも書き損じ?
字は綺麗で、妹がサラッと書く時の文字とよく似ているな。
チラリとラルフに目をやれば、犬の正体に気づいたんだろうな。
三白眼を大きくしている。
「ワンワン!
ワンワン!」
「ぎゃ!
何するのよ、この犬!」
俺とミルローザの間に分け入り、ミルローザに向かって吠える犬……いや、お前、レジルスだろう!
犬を睨んだミルローザが、片手をレジルスに向け、手に魔力をこめる。
まずい!
レジルスが危ない!
「王女なんかの犬のくせに!」
は?!
王女の犬?!
ミルローザが発した言葉に内心驚く。
ラルフが素早く動き、レジルスに向けたミルローザの手首を横から掴む。
痛まない程度に手加減して捻りながら、手の平がミルローザ自身に向くよう、肘を曲げさせた。
ミルローザは自分に向けて魔法が発動しかけ、慌てて魔力を霧散する。
「ちょっと!
お前、明らかに下級貴族でしょう!
汚い手で触らないで!」
ミルローザがラルフへ暴言を吐き終わらない内に、ラルフは掴む手を離す。
俺はその間に、吠えるレジルスを抱き上げてミルローザから遠ざかる。
レジルス……お前、ハーブ系の良い匂いさせてるぞ。
まさか言葉そのまま、飼い犬になってないか?!
誰に……いや、まさかとは思うが、先程のミルローザの言葉。
まさか、まさかの王女に飼われてないよな?!
思わず抱き上げた犬のつぶらな朱色の瞳を覗きこむ。
瞬間、イメージが視えた。
まずは地下牢。
老人が手をかざした、見覚えのある光景。
あ、レジルスが犬らしい瞬発力で光から遠ざかった。
嘘だろう?!
そこから王女の成長記録的な映像流れてきた!
祖父との口づけシーンも流れてきた!
窓から見てる感じだな!
あ、視界の隅で驚愕したリリが別の窓から見てるな!
お前あの時、いたのか!
レジルスに首輪を着けたのは、王女だ。
王女よ……ポチってレジルスの名前か?
名前だな。
王女がポチって呼んでる映像が視えた。
王女が直々にレジルスを洗ってるな?
いや、レジルスの性別に気づいたリリが、交代して洗うようになったのか。
レジルスとリリ…それとなくライバル視し合って、今日まで何年か過ごしてきたと……。
待て待て待て待て!
レジルスよ、一応、いや、真正の王子だからな!
本当に飼い犬として何年も過ごして、そんな生活に馴染んでるんじゃない!
「ワフ」
以前、猫だった時のように、レジルスの言葉は理解できない。
しかし何を言ったのか、わかる!
何が【そういう事だ】だ!
何でキリッとした犬顔で、主張してるんだ!
「ちょっと待ちなさいよ!」
「まさかとは思うが、レジルスは……」
レジルスへの魔法攻撃という脅威が去ったと判断したんだろう。
吠えるミルローザを無視して俺の隣に来たラルフ。
ラルフがレジルスと呼び捨てにしたのは、子兎だった時、既に許可を得ているからだ。
「ああ。
どうやらあの地下牢の時から何年も、王女の飼い犬をやっている……」
「……そうか」
ある程度、予想していたらしい。
ラルフは素直に頷いた。
「待ちなさいと言っているの!
あなた様も、その男……侍従ですのね?
その侍従をお引き渡し下さい!
かりにも伯爵令嬢に危害を加えたのですよ!」
しつこいな。
それとなく俺とラルフはミルローザから離れるように歩いているが、追いかけてくる。
「チェリア嬢、大きなお声ね。
確かロブール公子を探すと言って、生徒会室を出られたのでは?
何を騒いでいらっしゃるのかしら?」
今度は別の少女の声がした。
凛とした声音は、俺達の頭上から風魔法で伝えてくる。
上を見上げれば、窓から覗く緑灰色の瞳と目が合った。
「ニルティ公女……」
ミルローザがしまった、という顔で呟く。
その言葉で、ミルクティー色の髪をした少女が誰だか悟った。
俺の知るウォートン=ニルティと同じ色の髪と瞳。
彼女は、俺の時代で言うところの先代王妃。
恐らくこの時代から数年後、王妃として王家へ嫁ぐ事になる、2人の王妃の内の1人だ。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
ラビ:……毛虫?
作者:……画伯。