「はて?
悪魔とは?
そんな民間に伝わるような伝説の生き物が、本当に存在していると?」
とぼけたような口調の教皇の言葉で、キャスも私もハッと我に返る。
お互いそろそろと手を元の位置に戻して、再びスリアーダと教皇のやり取りを見守った。
「神殿では教皇の任に就く時、口伝で伝える事があるとか」
「残念ながら、スリアーダ王妃は教皇ではありませんからなあ。
それこそ王妃様が愛してやまない、国王陛下にお聞きになられては?」
言外に、教えてやらないと伝える教皇。
嫌味のような一言を最後に付け足す。
「わかっておるはず」
スリアーダはそんな嫌味に、冷めた顔で返す。
「陛下が未だに側室を、アシュリーを愛している事ですか?
ベルジャンヌ王女が陛下と取り引きし、アシュリーを引き離してくれた事に、ほっとしている事?」
やはり教皇は、その事を知っていたみたいだ。
私は生まれた直後、死にかけた母親を無意識に助けようとしたんだと思う。
仮死状態にして、保護魔法をかけていた。
国王は、いつまで経っても私の母親にかかった魔法が解けなくて、私の生存に薄々気づいていたみたいだ。
更にキャスの存在が城の誰かに知られた事で、私が生まれて3年が経過した頃、迎えを寄越した。
会って早々、私は国王にある事で縛られる代わりに、母親を私の手元に引き取っている。
キャスが眷族達と離宮に小屋を作ってくれていて、助かった。
「ああ、それはそれで気が気でないでしょうなあ。
何せ先王がアシュリーを女として見るよう狂わせたのは、他ならぬスリアーダ王妃ですから。
あんな事がなければ、王妃の座に就いたのはアシュリーだったでしょうに」
自分の血縁上の父親が、先王だったのは知っていた。
けれど、スリアーダが先王を狂わせた?
「黙れ。
今さら誰が知ったところで、他ならぬ陛下が知ったところで、どうにもならぬ。
先王を殺したのは陛下だ。
教皇もその場にいたのだから、知らぬはずがない。
大金と神殿の権威を増す事と引き換えに、黙認を選んだのは、そなただ。
先王が死の間際にアシュリーを見て、ヒュシスと口にしたのも聞いていたはず」
初耳だからけの会話だ。
私はその頃、既に母親の胎内にいたはずだけど、生まれてすぐの頃からしか記憶はない。
「私がまだアッシェ家公女であった頃。
先王がまだ現王で、侵略戦争が激化した頃だった。
先王は神殿で祈祷中に倒れた。
それからだ。
朗らかな気性の先王が、まるで悪魔が取り憑いたかのように荒ぶり、侵略しようとした他国の兵士を次々と討って我が国を守った。
保守派の貴族は、家門ごと潰して黙らせた」
「それで悪魔について気になったと?
今更ですか?」
「そうだ」
「それは些か、こじつけが過ぎるのでは?」
クックッ、と相変わらず意地の悪い笑い方をする教皇は、更に続ける。
「もっと他の理由……そうですね。
過去類を見ない程に魔力保持量が少なかったエビアス王太子。
誰も口にこそしなかったようですが、昔はベルジャンヌ王女の方がまだマシだと陰口を叩く者もいましたかな?」
「教皇。
私はそなたを、その座から降ろす事もできる」
殺気を含んだ言葉を放つスリアーダ。
だからこそ教皇が言葉に、何かの意図を含ませているのだと察する。
そういえばエビアスと直接顔を合わせたのは、随分前。
昔はよく絡みにきていたのに、いつからか私と距離を置くようになった。
エビアス、ハディク、エッシュの同級生組が学園に入学して少しした頃からかな?
教皇の言うように、私が知るエビアスは王族としては魔力量がかなり低い。
とはいえ伯爵位や侯爵位の貴族を足して平均したくらいだった。
魔力は血に宿ると言うから、多分そのくらい。
「おお、怖い。
しかしエビアス王太子は今、随分と魔法を使いこなしているのでしょう?
気にされる事はありませんよ」
私は元々、エビアスには興味がない。
それを言うと、私によく悪意をぶつけてくる国王やスリアーダ、アッシェ公もそう。
何かと意味のわからない理由で絡んでくるから、鬱陶しいとは思う。
私に命令だけして放っておく方が、よっぽど効率良く命令を完了できる。
なのに、どうしてか絡んでくる。
正直、理解できないし、非効率的だから聞き流している。
ピヴィエラからも弱い者虐めはしちゃ駄目だと、生まれてすぐの頃に教わった。
魔力量も多いし、扱える魔法も威力が大きいから、私が軽く払うだけでも相手に怪我を負わせそうだ。
だから何を言われても聞き流していたし、そもそも絡んでさえこなければ興味もないから忘れてしまう。
まともにエビアスを思い出したのも今だ。
エビアスは魔力量を増やすコツでも掴んだのかな?