「リュイェンに魔法抗体ができれば、流民達を隣国に返せる。
リュイェンはずっと流民達を守ってきたみたいで、流民達も信頼してる。
今ならリュイェン自身が流民、いや、隣国の部族をまとめるリーダーになれる」
「なるほど。
しかし隣国は今、紛争が多発しているのでは?」
「毒の特効薬として隣国でしか育たない花を使う。
紛争の原因は部族間衝突だけど、その根本的な原因は食料難だよ。
ここ数年、作物の育ちが悪化した上、魔獣の数が増えた。
人が襲われる事も多発して、住みやすい住処を求めて異なる部族が衝突したんだ」
「食料難はともかく、魔獣ですか?
しかし魔獣なら魔法で……」
「隣国の国民達は元々魔法には疎い。
魔法具でどうにかしようにも、その知識が乏しいんだ。
流民達がここにいる間に、魔獣避けの使い方については教えてある。
まあ、その内の大半が倒れてしまったのだけど。
でも特効薬ができて回復させれば、ある意味好都合かな」
「何故、好都合だと?」
「だって魔力が増えるでしょ」
「は?」
「うん?」
衝撃の発言を、さも当然のように言い放つ王女に唖然とする。
王女は無表情。
しかし俺は察した。
王女は俺が理解できていないのが何故か、理解できていない。
「魔力は10才以降に後天的に増えませんよね?」
「どうして?」
「え?」
「うん?」
今度は互いに首を傾げ合い、見つめ合う。
「「……」」
何だろう、この間は……。
「ゴホン。
王女は、どうすれば魔力が増えると?」
「死にかけるくらいの魔力枯渇に陥る事。
それもあって、流民達に魔力補填はあまりしてない。
もちろん本当に死ぬと思ったら補填してあげてるよ」
「……」
しれっと何やってんだ、この王女?!
絶句してしまっただろう!
スパルタか?!
頼まれてもないのに、何を地獄のコーチングしているんだ?!
レジルスもしれっとやらかす体質だったな!
王族ってこんなんばっかか!
「危険、では?」
「見極めは難しいけど、何度も魔力を枯渇してきたから大体わかる。
私も死んだ事はないし、問題ない」
「ソウデスカ」
冷静になれ、俺。
そもそも魔力枯渇は危険だ。
しかし王女が新説にたどり着いた理由は、自分が魔力枯渇に陥ってきたからだと言うなら、わからなくもない。
なるほど、自分の体験からか。
それなら問題ない……わけないだろう!
自国の民じゃないんだぞ!
これがバレたら外交問題だ!
確かに俺が猫だった時。
王女は魔力枯渇に陥っていた。
少し前の会話から、王女が頻繁に魔力を枯渇させていたのは窺える。
過酷な環境で生きた王女には、情緒ではなく道徳観を養ってもらう必要がありそうだ。
いや、常識からか?
それにしても……。
妹は魔力の低さから、魔力枯渇を頻繁にしてきた。
なのに何故、魔力が増えていないんだ?
死にかけるほどではなかったからか?
枯渇への耐性があるとかで、ピンピンしていたな。
それとも元々の魔力が無いに等しく、増えてやっと生活魔法レベルだったのか?
「だから流民としてロベニア国にいる人達が戻れば、紛争は自然に落ち着く。
神殿にいる流民達は三大部族が入り混じっているし、食料難も魔獣も解決できる。
特効薬はある事に特化した、隣国にしか咲かない花を使うから。
その花をちゃんと管理して、薬を管理すれば他国と貿易すれば経済は回る」
「しかし隣国にしか咲かない花なら……」
「ポチを使う。
予想通りなら、花は王城にある。
ポチは犬の特性上、城の抜け道や隠し部屋を見つけるのが上手いんだ」
それ、レジルスがきっと城の構造を知る王子だからじゃ……..。
「何故、王城にあると?」
「毒を精製した人が、城にいる。
露呈して困るのは精製した人だから、邪魔はできないよ」
「誰が毒を生成したか、わかっているのですか?」
「うん、さっき大体わかった」
さっき?
王女と離れていたのは、せいぜい数時間。
一体、何があった?
「花も特定できた。
君に教えるつもりはないけどね」
王女が前もって釘を刺してから続ける。
「貧民街の治水工事も合わせて行うけど、こっちも邪魔されないように魔法でゴリ押しして、最短で終わらせる。
それを自分の成果にしつつ、露呈を防げたと思えば納得もするよ。
国王と王妃が私への当たりをキツくするだろうから、収束させた後は城から出られなくされそうだけど。
ちょうど平民達の学校の話も持ち出されていたんだ。
あの辺りの問題を紐づけて一気に片づけると言えば、いつも通り餌に食いつくよ」
それ、俺の時代では先々代王妃と先代国王の功績になってるぞ。
だとすれば毒の精製は、スリアーダかエビアスが絡んでいるのか?
「ここは私が許可した者以外、入る事はできない。
安全だよ」
「王女は何故、隣国に手を貸すのです?」
「……今は秘密。
そのうちわかるよ。
そろそろポチにお使いを頼むから、リュイェンをよろしくね」
そう言って、王女は再び俺に近づく。
な、何だ?!
また顔をくっつけて……。
__カサ。
身構えると、王女はかがんで俺の後ろに落ちていた……手紙か?
手紙を拾う。
手紙の封蝋が目に入る。
「白い……リコリス」
見覚えがある封蝋だった。
【チェリア伯
貴公の娘は存命。
月満ちる日、教会に集う流民の中に紛れる。
娘も迎えも、流行病から必ず守る。
保護して欲しい。】
そう書かれていた、差出人のない手紙。
家族の絵と共に、チェリア邸で隠されていた。
あの手紙の差出人は、やはり王女。
点と点だった事実が繋がり始める。
「秘密にしておいて。
他言したら、私はきっとお前を殺すよ」
こちらを見ずに告げた王女は、明らかな殺意を俺にぶつけて警告する。
「……あ……」
体が震える。
誰も意図的に殺さなかった王女の殺意は……俺を恐怖させた。
王女は目だけで俺を見て、殺意を霧散させてから静かに部屋を出て行った。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
少し長くなりましたが、次は別視点となります。
ミハイルが手紙を見つけた経緯はNo.400に書いてます。
よろしければご覧下さいm(_ _)m