「ならばエビアスには、側室としてチェリア家の令嬢を娶らせるわ」
普段の王妃らしい物言いとは違い、砕けた言葉を使うスリアーダ。
こちらが素なのか?
それにしても既に没落しかけとは言え、伯爵令嬢を物のように扱うとは。
チェリア家の令嬢には、2人の姉妹がいる。
どちらを選ぶつもりだ?
「では、これで花の精製は終いにしよう」
すると、しゃがれた声が終わりを告げた。
花の精製?
もしや王女の言っていたスノーフレークは、壁の向こうにあるのか?
城の隠し部屋で行うような事だ。
碌でもない事だとは、容易に察せられる。
王女から詳しくは聞いていない。
まあ、今の俺は犬だから仕方ない。
ただ王女が俺に説明した、隠し部屋がありそうな場所。
そして直接目にした流行病と、流民達が居を構えていた貧民街。
もし王女が所望した花と、男が告げた精製に使う花が同一だったなら。
流行病の原因を、スノーフレークがもたらした?
「いいえ。
エビアスの魔力を許容する器を、大きくしてちょうだい」
「ほう?」
俺の思考に気づくはずもなく、次なる要望を出したスリアーダ。
さも当然だと言わんばかりの言葉。
だが男は気を悪くするでもなく、むしろ面白がるような声を出す。
「……やはり器を大きくする方法は、あるのね」
壁に阻まれ、向こう側を見られない俺と違い、スリアーダは男の顔色から結論を導き出したのだろう。
声には、どこか確信めいた響きがある。
だが、そもそも魔力を増やす方法など聞いた事がない。
花を精製して作るのは、毒ではないのか?
魔力を増やす……薬?
いや、待てよ?
在りし日の、魔法呪になりかけた自分を思い出す。
何年にも渡り、俺は魔法呪となるべく姿形を異形へと変えていった。
体は軋み、激痛が走り続け、精神を蝕まれながら。
だが、それだけではない。
俺の魔力が強制的に大きく消費され、何度も魔力枯渇を引き起こし、殺してくれと思う程の苦痛を味わっていた。
そろそろ最期が来る。
俺は自我を失い、異形の何かに変わるのだ。
そう覚悟した時、まだ幼かった公女に助けられた。
城に帰還を許された俺は療養後、ある事に気づく。
元々俺の魔力は、歴代の王族と同程度。
なのにあり得ない程、増えていた。
当時の俺は10才未満。
過去に増えた事例は幾つもある。
たまたまだろうと結論付けた。
だが、もしかすると……そうだ、王女。
犬になった俺と王女が出会ったのは、王女が10才いかないくらいの時。
以降、現在に至るまで一つ屋根の下で過ごしてきた。
出会った頃から、尋常ではない魔力量を保持する王女。
だが出会ってから今も、王女の魔力量は少しずつ増えている。
もしや魔力量は、10才を過ぎても増やせる?
それも魔力枯渇が引き金ではないのか?
だとしても壁向こうでされた魔力を増やす方法とは、どれも違う。
他人の魔力を奪うか、花を精製して得られた何かで増やす方法のみ。
「あるぞ。
お前も薄々、察していたのだろう?
だから少し前、教皇に会いに行ったんじゃないのか?」
「歴代国王の中でも、魔力が少なかった先代国王。
まだアシュリーが陛下の婚約者だった頃よ。
ある日、神殿で祈祷している最中に倒れ、目覚めると魔力が増えていたわ。
あの時、偶然見つけた神殿の祈祷室への抜け道を使い、私も祈祷室にいた。
ジャビ。
お前が先代国王の体に入りこむ瞬間を、私は見ていたわ」
ジャビ、だと?!
このしゃがれた声の主が?!
いや、確かに聞き覚えがある……そうだ。
薄赤い結界が張られだ学園から脱出した後。
公女が転移してきて、ジャビと話していた時に聞いた声。
あの時の声と、壁の向こうの声は同じ男の声だ!
「あはは!
俺も気づいていたさ!
お前は婚姻間近のアシュリーに嫉妬し、1人で祈祷していた先代国王へ婚約者の挿げ替えを願っていた!
拒まれて激昂したお前は、先代国王を突き飛ばした。
偶然だった。
突き飛ばされた国王は、俺が封じられていたヒュシス像に当たり、像が壊れて俺を解放した!
全てはお前のお陰だよ!
もっともお前は、黒い靄となった俺に絡みつかれる先代国王を見捨てて、逃げたがな!
あはははは!」
感情的なジャビの高笑いに、俺は唖然とした。
ジャビを、悪魔を世に放ったのはスリアーダだったのか!