「我ら聖獣は、ヴェヌシスだから契約したのだ!
強制的に結ばされるなど、お前の血族であっても認められぬ!
何よりお前の血族と結ばされた契約は、隷属と何らかわらない!」
アヴォイドが切実な声で訴える。
「まあ良い。
今更、お前達の力など無くとも、私が全ての属性を備えているからどうとでもなる」
しかしヴェヌシスの心に響かない。
アヴォイドへの興味が初めからなかったかのような、無機質な声音で言い捨てたかと思うと、ヴェヌシスが己の内に魔力を巡らせ始めた。
「やめよ、ヴェヌシス!」
「何をするつもりなの!」
本能的な危機感を感じたのかもしれない。
アヴォイドとヒュシスが血相を変えて叫ぶ。
「待っていてくれ、ヒュシス。
私のヒュシス……」
自分を見つめて必死な形相で訴えるヒュシスに、ヴェヌシスは熱に浮かされたような顔でうっとりと呟く。
するとヴェヌシスの魔力が体外へほとばしり、何かの魔法陣が上空に発現する。
「『◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯』」
何と言っているんだ?
古代語だというのは分かる。
しかし俺が習得している古代語は、単語を読み書きできるレベル。
一部カタコトのように単語を発音できるかどうか、程度だ。
「やめてくれ!
頼む、ヴェヌシス!」
哀願するアヴォイドは、ヴェヌシスを想っての発言だと声音でわかった。
「何てこと……」
ヒュシスは、顔面を蒼白にして呟く。
アヴォイドもヒュシスも、ヴェヌシスが放つ古代語を理解していると察した。
「『時◯』」
時?
時間に関する古代魔法か?
一瞬、脳裏を駆けた疑問。
しかしヴェヌシスが最後にそう呟いた途端、魔法陣が白銀の閃光を放ち、疑問が霧散した。
固唾を飲んで、次の展開を見守る。
と、思ったものの…………輝きが消えた?
不発か?
いや、上空に在る魔法陣は、未だ消えていない。
「はあっ、はあっ……くっ、何だ?
魔法が発動しなかった?」
大半の魔力を消費したのか、ヴェヌシスがふらつき、両膝を着く。
「どういう事だ……魔法陣が赤黒く……」
上空に現れた魔法陣が、ジワジワと赤黒く染まっていくのを見たヴェヌシスは、訝しむ。
その時、俺の目には魔法陣から黒い靄がパッと散ったように視えた。
「「ヴェヌシス!」」
直後、アヴォイドとヒュシスが警告を発する。
魔法陣から真っ黒な鎖が何本も、ヴェヌシスに向かって勢いよく放たれたからだ。
鎖の先には尖った杭がついている。
魔力が尽きていたヴェヌシスに、為すすべはない。
アヴォイドもヒュシスも、ヴェヌシスの周りに防御結界を張った。
「があぁぁぁ!」
しかし結界は意味を為さず、鎖は結界を壊す事なく通過した。
勢いもそのままに、ヴェヌシスの体に突き刺さる。
叫び声を上げたヴェヌシスは、魔法陣から伸びた鎖に引き上げられる。
「アヴォイド!」
「わかっている!」
アヴォイドがヒュシスの体に再び入りこむ。
ヒュシスが魔法陣へ向かって両手を突き出し、金色の光を放つ。
聖獣の力が混ざっているのだろう。
金の中に、銀色の魔力粒子が視える。
しかし魔法陣から、今度は肉眼でも確認できる黒い靄が光を飲みこむ。
「そんな?!」
ヒュシスの絶望した声を慮る事もなく、ヴェヌシスは魔法陣の中へと取りこまれた。
「解除……古代魔法で、強制解除魔法を……」
いつしかハラハラと涙を溢しながら、どこか呆然と呟き始めたヒュシス。
そんなヒュシスの体から、光る影が顔を覗かせる。
「駄目だ。
信用に足る探索者がいなければ、巻きこむ探索者諸共、魂を消失させしてしまう」
強制解除?
信用に足る探索者?
探索者諸共、魂ごと消失?
俺の勘が、この言葉を覚えておけと告げてくる。
魔力が高い者にありがちな、直感というあやふやな勘だ。
「それでも……このままじゃ、堕ちたヴェヌシスが異なる者に……」
堕ちた者に、異なる者?!
まさか……まさか……俺は人が悪魔へと変わる瞬間を……見ている?
「…………もう、手遅れなのだ」
暫しの沈黙の後、アヴォイドが告げる。
__バキィィィン。
高音と低音が入り混じった不快な音。
何かが壊れる音が周囲に響く。
「ヒッ」
幼く小さな悲鳴が、玉座の向こうから微かに聞こえた。
ヴェヌシスに生かされた王子だろう。
「「「悪魔」」」
意識の中にいた俺。
映像の中のアヴォイドとヒュシス。
俺達の声が揃った。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
ヴェヌシスが使った魔法は、No.506でラビアンジェが使った魔法です。
成功した場合、No.507のようになるはずでした。
用途違いですが、ラビアンジェが展開した強制解除魔法はNo.508で、現在進行系で探索者が何かを探索中です。
よろしければ、そちらとの違いをご覧下さい。