「おのれ、おのれぇぇぇぇ!
アヴォイド!
ヒュシス!」
また場面が変わった。
赤黒い肌、背中には蝙蝠のような翼を生やしたヴェヌシスがいた。
耳が尖り、瞳が赤黒く染まり、両こめかみから後頭部へ角が生えている。
はみ出た牙が覗く口で、怨嗟の言葉を吐き散らすヴェヌシスと、対峙しているのはヒュシスとアヴォイド。
更にその後ろには、幼い王子が恐怖した顔で座りこんでいる。
かろうじて先程の城だとわかるこの場所は、まるで廃墟だ。
天井は完全に消し飛び、壁には無数の亀裂が入っている。
敷かれていた赤い絨毯も、幾つかあった亡き骸も、恐らくどこかに吹っ飛んだのだろう。
もしくは、場所が変わっているのかもしれない。
そう思わせる程にボロボロだった。
ヒュシスは体中に火傷や、深い切創を負っている。
傷口は黒ずみ、腐食されているように見えた。
光の影となってヒュシスの体と一部を繋げ、隣に並ぶアヴォイドも、放つ光が弱まっている。
大きさも、ヒュシスの2倍程まで小さくなった。
「許さん!
俺から離れるなど絶対に許さん!
ヒュシス!」
言うが早いか、ヴェヌシスの体から赤黒い靄がヒュシスを襲う。
「ヒュシス!」
アヴォイドが警告を発する。
しかしヒュシスは抵抗する事なく、靄に絡み取られる。
「アヴォイド、もう良いの。
どうせ助からないから」
そう告げたヒュシスは、アヴォイドとの繋がりを切ったのか?
ヴェヌシスの方へ引き寄せられるヒュシスの体から、アヴォイドが抜け出た。
アヴォイドの瞳の色が、藍に金が散った色へと変わる。
「離れないわ、ヴェヌシス」
「ああ、ヒュシス。
そうだ。
抵抗など無駄だ」
抵抗せずにヴェヌシスの胸に抱かれたヒュシス。
そんなヒュシスにヴェヌシスが気を良くした。
「力を得た俺には叶わ……何をする」
饒舌に語りかけたヴェヌシスが、眉を顰めた。
僅かに離れた2人の体の隙間から、ヒュシスが魔石を手にしているのが見えた。
あの魔石は、ヒュシスがヴェヌシスとの別れ際に渡した魔石だ。
「共に眠りましょう」
「無駄な足掻きを!」
ヴェヌシスがヒュシスを突き放そうとするも、ヒュシスが片手に魔石を握りしめたまま、抱きついて防ぐ。
「私の得意な魔法は、封緘。
アヴォイドの異能、魂に干渉する力を私にも移してある。
私とヴェヌシスの魂を、魔石に繋げた私の世界に封じるわ」
「くっ、離せ!
お前まで死ぬつもりか!」
「魔石に籠めた私の魔力が続くまで。
私の魂が消えるその時まで。
私達がこの世に生まれ出るまで、母の胎内にいた時みたいに、共に眠りましょう。
私の双子の弟……ヴェヌシス……」
ヒュシスの眦から、一筋の涙が伝う。
同時に、俺の瞳にはヒュシスとヴェヌシスの輪郭が陽炎のように揺らぎ、魔石に吸いこまれていくのが視えた。
ヴェヌシスの肉体は、赤黒い魔法陣に囚われた時、失っていたのかもしれない。
燃え尽きた灰のように手足から崩れて消えていく。
「させ、ん……消滅など……ヒュシス……消滅するなど、許すものか」
顔の目鼻が先に消える中、牙の出た口元が紡ぐ拒絶は、双子の姉と自分。
どちらが消滅するのを拒絶する言葉なのか。
黒い灰が床に落ちる事なく宙へ舞う。
「ヴェヌシス!
させん!」
灰が一斉に幼い王子へと向かった。
アヴォイドが光を発して王子を庇うも、灰の一部が王子の口から体内へ侵入する。
「魂だけの……聖獣、など……宿主がいなければ……無力、な……」
ヴェヌシスが言い終わらない内に、バサッと完全に灰化して、消えた。
__ドサ……カラン。
残ったヒュシスの肉体が、力なく倒れた。
魔石が手から転がる。
「伯母上!」
ヒュシスに駆け寄る王子。
今のところ異常はないようだが……いや、違う。
ヒュシスを抱き起こした王子の瞳に、黒い何かが蠢いている。
「伯母上、目を開けて……そんな。
死んでる」
絶望した顔の王子。
瞳の黒が少し大きくなった?
「聞け、ヴェヌシスの子。
幼いそなたの体に、悪魔となったヴェヌシスの一部が宿ってしまった」
「わかっています。
私もすぐ、伯母上の後を追いましょう」
涙を流す王子は幼いながらに、王族としての覚悟を持っているようだ。
そんな王子に近づいたアヴォイドは、ゆっくりと頭を振る。
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ラビがジャビを封緘したシーンはNo.507にあります。
ついでにエビアスとジョシュアの選んだ祝福の花も出てきます。
よろしければご覧下さいm(_ _)m