「ベルジャンヌ様!」
「ベル!」
ブローチが視せた悪魔とヒュシス教の起源を思い出していれば、不意に聞いた事のある声が近くで聞こえた。
気づけば、夜明けか?
顔を覗かせつつある太陽。
その反対には沈みつつある月。
月は満月から、ほんのり欠けているように見えなくもない。
声が気になって、聞こえた方へと歩いて行く。
「ベルジャンヌ、無理をしすぎね」
この声、ロウ爺を介して視た、聖獣ドラゴレナか?
茂みのすぐ向こうだな。
濃い魔力の残渣も視えるから、誰かがかなりの魔力を使って魔法を発現したに違いない。
音を立てないように茂みの向こうを覗けば、ベルジャンヌ王女が座りこんでいた。
王女の横にいた、心配そうな顔をしているのは2つの影。
ラグォンドルとシャローナだ。
ん?
王女の頭にいるのは……手の平より少し大きいサイズのアルラウネ、いや、ドラゴレナか。
ドラゴレナは冷めた表情で王女の頭上に座り、足を交差して組んでいる。
王女の真っ青な顔色から、とうに限界を迎えていると察せられた。
それでも倒れこまないとは。
無理をする事に慣れすぎだ。
「ありがとう、ドラゴレナ。
この甘い匂い。
体力を回復させる効果があるやつだね」
香りなどしているか?
全く感じられない……それはそうか。
今の俺は、幻影を視ているに過ぎない。
恐らく状況的には、ロウ爺を転移させた後?
俺が船で視たロウ爺の記憶に出ていた月。
同じ大きさの月の沈みが、僅かに進んでいる。
ドラゴレナも含め、このメンバーが一同に介する機会を考えれば、自ずとそう判断せざるを得ない。
「あの……ベルジャンヌ様、祖父の事、ありがとうございました。
ドラゴレナ様も。
祖父は私といなければ殺され……いえ、死んでいたはず」
「でも結局、死んだ事になってしまった。
祖父を奪う形になって、ごめんね」
シャローナが言い直したのは、祖父を殺そうとしたのが、身分制度の頂点に君臨する国王だからだろう。
そんなシャローナに、無表情な王女は謝る。
王女を知らない人間からすれば、全く悪びれていないように見えてしまうだろう。
もちろん王女と直接接したからこそ、俺は王女の言葉が本心からだとわかっている。
「ふん、ベルが謝る必要などない。
俺からすればベルの母親だって、血を分けた子供にする態度じゃない」
対してラグォンドルは怒っているな。
蟲毒の箱庭以降、王女とラグォンドルが接するのを見たのは初めてだ。
蟲毒の箱庭で王女との契約を拒絶し、暴れていた竜の姿が、見る影もない。
随分、王女へと情を移している。
王女寄りの者からすれば確かに、アシュリーの態度は母親としてあるまじき態度。
しかしアシュリーの立場を知ると……。
「良いんだ。
私もアシュリーを母親として、認識していない。
ただ、アシュリーの菫色の瞳。
初めて見た時から、綺麗だと思ってた。
正面から見てはいないけど、また見れたから、それで良い」
「ベルジャンヌ様……」
何か言いたげなシャローナは、王女の気持ちを本能的に感じとっているのかもしれない。
王女からは再び郷愁めいた感情の色が視えるのに、王女はそんな感情自体、自覚できていないのではないだろうか。
恐ろしく情緒がない王女。
けれどそうでなければ気を病み、死を選んでしまいかねない。
過去へ来て初めて、王女の生きる環境を知った。
どれだけ過酷で、大人達の身勝手な悪意に振り回された人生。
そりゃ、疲れるよな。
俺のいた元の時代。
教会の地下で、教皇となったリリを介して知った、王女の最期の姿。
疲れきっていた。
「本当に綺麗だったよ。
だから躊躇なく手放せたんだ」
そう言った王女を、朝日が照らし始めた。
その顔を見た俺は、息を呑む。
初めて目にした王女の表情。
優しく微笑んでいるこの顔が、妹であるラビアンジェが時折見せる微笑みと同じに見えたから。
そう思った時、クラリと目が回り始めた。
「またか」
さすがに3度目ともなれば、冷静さを失わない。
もっとも、激しくなっていく目眩に、意識を保つのが難しくなる事への不快感は慣れないが。
体がグラリと傾く。
倒れる直前、王女と、いや、妹と目が合ったように感じた。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
今年最後の投稿です。
今年も1年、ご愛読頂きありがとうございました。
お陰様で書籍の方も3巻まで出版でき、感無量です。
来年も更新してまいりますので、【稀代の悪女】を今後ともよろしくお願い致しますm(_ _)m
また来年からカクヨムにて先行投稿しておりました作品が、予約投稿分も合わせて五万字をこえかけたので、こちらでも投稿していこうと思っております。
【くっせえですわぁぁぁ!
〜転生女伯爵の脱臭領地改革〜】
https://kakuyomu.jp/works/16818093089751214336
よろしくお願い致しますm(_ _)m