「家出なんて迷惑なのよ。
それも学園祭まで残り1週間だなんていう、この忙しい時期に。
シャローナってば、本当に出来が悪すぎるわ」
「確かに忙しいけど、チェリア嬢の妹でしょう?
心配にならないの?」
学園祭まで1週間?
シャローナ?
チェリア嬢に、妹?
四方を取り囲まれた、狭く、暗い空間の中で目を開けた俺は、少女らしき二人の会話に、つい耳を澄ませてしまう。
馴染みのある学園祭という言葉と、知っている名前が登場したな?
確か俺はミハイルと一緒に、船の上に突然現れた少年の放った光に包まれたはず。
10才の王女と子兎だった俺が地下牢にいた時、これまた突然現れた老人が放った光と全く同じものだ。
元の時代に戻った?
いや、それはないか。
元の時代の学園祭なら、既に開催されている。
王女が生きている時代の、ロベニア国に戻った?
いや、それもない。
流民達と共に船に乗った時には、あの年の学園祭は開催されたと耳にした。
だとするなら、翌年だ。
状況を整理すれば、そうとしか思えない。
そうだ、王女が亡くなる年の学園祭だ。
ならば今の話からして、王女はまだ生きている!
「ふん、いい気味よ。
私を差し置いて、ロブール先生と親密な関係になったのよ?
それだけじゃないわ。
エビアス殿下の側室にと申し込まれて……調子に乗りすぎよ」
「まあ。
そんな事、私に話して良いの?」
「構わないわ。
どうせその内、知られるもの。
お父様は側室の話が気に入らないから、シャローナが家出したと言っていたの。
けど、もしかするとロブール先生の所で匿われているんじゃない」
「あら、どうしてそう思うの?」
「だって、いくら側室でもシャローナには荷が重いでしょう?
それにシャローナの本命は、ロブール先生に違いないわ。
あの子はいつも、私の欲しい物を奪っていくのよ。
私がロブール先生の事を愛しているって知っているから、嫌がらせしているんだわ。
大体、ベルジャンヌ王女も悪いのよ。
ロブール先生の婚約者として、あの方の心を掴んでおかないから、シャローナなんかに現を抜かされるのよ」
随分と偏った見解だな。
少女の1人は、間違いなくシャローナの姉、ミルローザだ。
ロブール先生とは、恐らくソビエッシュ=ロブールの事……多分、そうだろう。
卒業して、教師として学園に残ったという事……多分、そうだろう。
それにしても、シャローナとソビエッシュが親密?
その上、シャローナがエビアスの側室だと?
俺の時代には運命の恋人達として、広く認知されているロブール前当主夫妻だ。
この時代で親密な噂があっても不思議ではない。
それはともかくエビアスの側室という話は、初耳だ。
これまでに王女と接した中で、王女の中にソビエッシュへの信頼が存在している事は感じられた。
しかし王女から婚約者への、恋心らしき感情は全く窺えなかった。
俺の時代に伝わる、王女が嫉妬に狂った云々という話。
あれはデマだな。
悪魔だって呼び出していないに違いない。
そもそも悪魔を呼び出さずとも、王女なら自前の魔法でシャローナを瞬殺できる。
それに俺は王女の中に、俺がよく知るラビアンジェ=ロブール公女の怪しい息吹を感じている。
子兎となって王女と初めて会った時にはもう、王女が公女ではないのかと思うくらい、王女の中に公女を感じていた。
その後1度別れるも、2度目に人の姿で会った時。
犬の姿でい続けるレジルスに、ノーネーミングセンス的なポチという名前を付けていたり、ポチの腹に熱い視線を送ったりする所なんか丸々、公女だ。
恐らく俺の知る公女は、少なくとも公女の意識は、王女の中に在る。
公女と出会ってから、まだ2年も経っていない。
しかし同じチームメイトとして、チームリーダーとして接する中で、身分は関係なく公女の人柄に触れてきた。
公女を馬鹿にする周囲の人間に見せる顔とは違う、恐らく素に近い顔を、公女は俺に見せてくれていたと信じている。
そして公女の芯の部分にある優しさを、ベルジャンヌ王女からも感じる。
だから王女が、他者を嫉妬で傷つけそうとするなど、それも殺そうとするなど、絶対にない。
王女と公女。
この2人には、何かの関係があるのだろうか?
そのあたりは正直、全くわからない。
『助けたくば、見つけよ』
初めて光に包まれた時に聞こえた、中性的な声。
あの時、公女は国王と共に一目でわかるような、高度な魔法を展開していた。
魔力が少ないだとか、大した魔法が使えないだとか言われる公女。
だがチームとして接する中で、少なくとも魔法について深い造詣がある。
そう察せられる場面は幾度となくあった。
それに公女が腕に抱いた獣達。
その中には聖獣キャスケットもいた。
瞳を見れば公女が契約している聖獣が、少なくとも2体はいたのだと今ならわかる。
『見逃さないようにな。
奥さんも、あの聖獣の想いも正しく理解して、見つけ出してくれよ。
でないとお前らも死ぬから』
これは子兎だった俺を、次の時代に飛ばした老人の発言。
『んじゃ、これが最後のチャンスな』
これは俺のなかでは、ついさっき聞いたばかりの少年の発言。
俺にはきっと、荷が重い。
情報が足りな過ぎる。
ミハイルとレジルスなら、もっと他にも得られる情報はあるだろう。
どうにかして、この時代にいるはずの2人……1人と1匹かもしれないが、彼らと合流して情報を共有しなければ。
今の俺ができるのは、公女を見つける事だけだ。
もしこの時代の王女の中に公女が居なくとも、公女が公女らしく在りさえしてくれれば、見逃さずに見つけられる。
これだけは確信している。
__バンッ。
そう考えていた時、乱暴にドアが開く音がした。
「いつだ」
「「ロ、ロブール先生?!」」
ドアを開けたのは、ソビエッシュか?
ミルローザ達の慌てた声がかぶる。
「シャローナはいつ行方不明になった?」
「わ、我が家の事ですから……」
「ミルローザ=チェリア。
君は誤解している。
とにかく、シャローナがいつから行方不明なのか話しなさい」
「誤解?
誤解って……じゃあシャローナとは、単なる噂なんですね!」
「ミルローザ=チェリア。
言いなさい」
「あ……え、あの……3日前に……あっ、公子?!
お待ちになって!
妹の事は私が対応しますわ!」
「わ、私もご一緒しましてよ!」
慌てた様子で、3つの足音が遠ざかって行った。
WEB版では初めての、ラルフ視点です(*´艸`*)
ラルフはラビアンジェ(の変態衝動)をちゃんとキャッチしてました。
きっと正しく見つける事は、今後もできる……はず!