「そんなお前の憂いも、私が後夜祭で発表する慶び事で晴れるだろう」
扉の向こうから聞こえるエビアスの言葉。
何となく含みがあるな?
「慶び事?」
恐らく王女も、含みに気づいたか?
「そうだ。
私の門出に相応しい仕掛けを要求している、とだけ伝えておいてやる」
「……慶び事に、門出……ブランジュ=ベリードも関わるのかな?」
ブランジュ=ベリードは、エビアスの婚約者だ。
婚約者の卒業というタイミングでの慶び事や門出となるなら、思いつくのはエビアスの婚姻。
「は、相変わらずの愚図だな」
「くっくっ、言ってやるなハディク。
おい、ベルジャンヌ。
ちゃんと現状を受け止めろ。
今や私の魔力はお前を遥かに凌駕しているのだ。
獣などと契約して魔力をかさ増したお前より、私の方がずっと魔法の才がある事を忘れるな。
お前がこの先も王女として生き残りたいなら、つまらない詮索などせず、せいぜい言われた事をやれ」
エビアスが饒舌になったが、ハディク諸共、聞くに堪えない蔑み方だ。
「ブランジュはしょせん、政略結婚。
私にとっての慶び事は、欲しい物を手に入れる事だと何故わからん。
まあ良い。
金は恵んでやる。
その分、盛大な仕掛けを用意しておけ。
いくぞ、ハディク」
「無様な王女にとっても、慶び事になるだろうよ。
せいぜい、盛大な仕掛けでエビアスを盛り上げるんだな」
ガシャン、と何か金属と机らしきものがぶつかる音と共に、2つの足音が遠ざかる。
「何ですか、あれ?
言い逃げ?
珍しく金を置いていくなんて。
確かにいつもより無駄に上機嫌なんでしょうけど……気持ち悪いし、ムカつきます!」
リリ、奇遇だな。
あり得ない状況に襲われているのもあって、気配を消している俺も、気配を顕にしてでも、無礼な男達に攻撃を仕掛けたくなったぞ。
「今さらだから、腹も立たないけど、ベリード公女には影で色々と手を貸してもらっていたから、エビアスが何をしたいのか気にはなるね。
学園祭後のパーティーで発表……でもベリード公女は関係ない……」
「 姫様のムカつく婚約者が、他の女に現を抜かしているのが、晴れるとも言ってましたね。
本当に現を抜かして、ロブール公子が姫様から離れるなら、私は応援しますよ。
でも、それはないと思います。
多分、現を抜かす相手はシャローナ=チェリアです」
「そうか、エッシュはロナとそんな関係に……」
「なってません。
姫様がそういう誤解をするのは、さすがに可哀想だと思うので、一応、否定しておきますね。
そもそも姫様が、ロブール公子に、シャローナを、気にかけろ、って言ったから噂になったんですよ?」
なるほど、リリの短く強調した言葉で、王女に対する祖父の印象が、噂とかけ離れていた理由を察した。
「そう、だね?
リリ、どうしてそんなに呆れた目をするのかな?
覚えているよ?
死んだと報告を受けた国王にとって、ロナの生存は少しばかり邪魔に感じる。
だからロナには、エッシュとなるべく一緒にいるように伝えたし、エッシュには無理を言って、卒業後に教師として学園に残ってもらったんだから」
「……忘れてましたね?」
「うーん……仕掛け……火花はどうかな?
火の花……光る感じとか?」
王女よ……リリの言う通り、本当に忘れていたのか。
不自然すぎる話の切り替え方だな。
「姫様……もうロブール公子の事、気にするの止めましたね?
ロブール公子の言った通りになってて、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、気の毒かも……」
「そうだ、前に採取してた魔光苔でも培養しようか。
各属性の魔力をそれぞれ分けて与えれば、6色に光るし」
リリの事も気にするの止めたな。
多分、わざとだ。
「え?!
もしかして自分の魔力を与えて増殖させる気ですか?!」
そんな王女にリリが突如、驚いた声を上げた。
「昔、それで私と遊んで、小屋をピカピカ光らせた挙げ句、屋根に苔を増殖させたせいで、屋根を腐食させたの忘れたんですか?!」
王女よ、何をやって遊んでいた?!
俺もビックリだ!
「魔力を与えた苔の繁殖力を侮っちゃ駄目だってのは、覚えてるよ?」
「ちゃんと思い出して下さいね。
苔の根をこそぎ落とそうにも、魔力を与えた魔光苔の繁殖力が凄すぎて、落としたそばから生えてくるし。
ピカピカ光る屋根に気づいたニルティ公爵が、あまりにド派手すぎるのが気に入らないからって、ヴァミリアを派遣したから事なきを得たんですよ。
姫様の与えた魔力の濃度が濃すぎて、聖獣の火でないと繁殖を抑えられない苔とか、あり得ないですから。
扱いに気をつけないと、学園中がピカピカ光り続ける苔の無法地帯になっちゃいます!」
「うーん……てことはやっぱり火が必要かな……燃やす感じ」
「……学園が火事になっても……まあ、それならそれで、こんな学園なんて燃えてもいいか」
いや、良くない!
良いはずないだろう!
「少々燃えても、それはそれで……」
ん?
王女の足音が扉に近づいてきた?
__シャッ。
「大丈夫じゃない?」
カーテン、開いたな?
__ガチャリ。
「ところで君、久しぶりだね?」
扉が開いて、藍色に金環が浮かぶ瞳と目が合った。
「うわ、変態野郎……ん?
ロブール公子じゃ、ない?
ミハイル?
今頃、隣国から戻ってきた?」
ロブール公子ではあるんだが、確かにリリの知るソビエッシュ=ロブールではない。
「久しぶりだな、リリ。
俺は変態ではない。
たまたまここにいただけだ」
「キリッとした顔してるけど、上着の襟を木に引っ掛けて吊るされながら盗み聞きとか、やっぱり変態野郎だよ」
「久しぶりだね、ミハイル」
くっ、今は未来のロブール公子だとは絶対に名乗れない。
「王女、久しぶりだな。
少し前に、隣国から戻ってきたところだ」
ベランダの向こうから伸びていた太い木の枝。
そこに上着の襟を引っ掛け、ギリギリ爪先立ちで気配と音を殺して盗み聞きしていた俺は、平静を装って王女に挨拶をした。
何でこんな事になったのか、俺にはわからない。
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こちら新作です↓
カクヨムで10万文字が見えてきたので、なろうの方でも少し前から新作投稿し始めました。
騒がしい作品ですが、よろしければ笑って見てやって下さいm(_ _)m
【くっせえですわぁぁぁ! 〜転生女伯爵の脱臭領地改革〜】
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