「レジ、いや、ポチとシャローナが行方不明だと小耳に挟んだんだが」
「盗み聞きした、の間違いでしょ」
俺と王女に紅茶を出しながら、リリが口を挟む。
もちろん聞かなかった事にする。
「違うよ、リリ。
木に引っかかってただけ」
うぐっ。
王女のフォローが痛い。
フォローになってすらいない。
「ふん、間抜け」
リリも容赦ないな。
しかし俺は、どちらの発言も聞かなかった事にする。
「王女なら、どこにいるかわかるのでは?」
王女はレジルスに、細工した首輪をつけている。
シャローナはともかくポチに関してだけは、少なくとも居場所を特定する事ができるはずだ。
「そうだね。
わからなくはないんだけど、しなくても察してる。
だから少し放っておいて、出方を待とうかと思ってるんだ」
「そうですね!
放っておいても問題ないと思います!」
リリよ、嬉しそうだな。
そんなにライバルが邪魔だったのか……。
「一応、理由を聞いても?」
王女の様子を観察しながら、尋ねてみる。
俺とラルフが王女から離れて、約1年という時間が経過している。
俺がヒュシス教の教皇となったリリと対峙した時、教皇リリの記憶から、亡くなる直前の王女の、生気がない疲れ切った姿を視た。
今の王女の姿は、片側だけ短くなっていた髪以外、背格好が一致している。
この1年で、背が少しだけ伸びたんだろう。
疲れた顔をしているが、目元の隈が少し薄い?
瞳には僅かに生気が宿っているし、教皇リリの記憶とは僅かに様子が違う。
違う時代から飛んで来た、俺とラルフ。
そしてレジルスの影響か?
魔力を回復するポーションもできたし、流民達の末路も俺が記憶している時代とはかなり変わった。
王女の生活にはいなかった、愛犬ポチも常に側を張りついていたはず。
「シャローナもポチも、どちらも危害を加えられる事はないから。
それに今回の件には、異なる者も……」
途中、王女は何かを逡巡するように紅茶を一口飲んでから、話を続ける。
異なる者と言ったか?
まさか悪魔ジャビが関わっている?
俺達の時代では、王女が悪魔を呼び出した事になっている。
可能性は高い。
何故なら、俺の時代では明言されていない王女の死期まで、恐らくもう時間がないから。
「いや、とにかく放っておけば良いよ。
もしシャローナが攫われたのだとしても、向こうが思うようにはいかないと思う。
3日前にシャローナが攫われたとしても、状況的には眠らされているか、それに近い状態になってる。
もちろんシャローナには、傷一つつけられないし、そもそも危害を加えられてすらいない可能性の方が高いよ。
だってそうなれば、必ず私に何か言いにくるはずだから。
この件に関わっていそうな人間は、黙っている性格じゃないんだ。
ポチも賢いし、そもそもポチは捕まってないんじゃないかな?
それなら理由があるかもしれないし、そもそもポチは元野良犬だ。
どこかで探検しているか、野生にもどったのかもしれない。
それなら、そうだね。
そっちの方が、後腐れなくて良いかな」
「王女?」
ふと、王女の瞳に憂いが見て取れた。
僅かな表情の変化だが、猫の姿で初めて会った時より、表情は出ている。
このあたりは、愛犬効果かもしれない。
いや、そんな事よりも……。
「王女……生きて下さい」
「え?」
口を突いて出たのは、きっと心からの願い。
教皇リリの記憶にある王女は、生きる意志を持っていなかった。
死への恐怖すら麻痺していただろうし、それだけ疲れ切っていて、無感情に近かったのだと思う。
「生きる事を、どうか諦めないで欲しい」
もし王女に生きる意志があったなら、俺やラルフ、レジルスが助けようとするよりも、ずっと生存する確率が高くなるんじゃないのか?
そんな想いに駆り立てられる。
「ちょっと!
姫様が死にたがってるとでも言いたいの!」
リリが俺に詰めよる。
「違いますよね、姫様!
姫様は死にませんよね!」
「諦めないと、約束して欲しい」
縋るような眼差しで、王女を振り返るリリと、俺の言葉が被る。
王女はきょとりとした顔をしたかと思うと、僅かに眉根を寄せた。
きっと返答に困っている。
「リリ、人はいつか死ぬよ?」
「それは……そう、ですが…」
違うぞ、王女。
わりかし本気で答えているんだろうが、そうじゃない。
リリはそういう事を言いたかったんじゃないんだ。
リリも変なところで納得するな。
間違いなく、リリの真意は伝わっていない。
「それにミハイル。
生きる事を諦めているなら、多分私は生後すぐに死んでる」
違うぞ、王女。
わりかし本気で答えているんだろうが、そうじゃない。
俺はそういう事を言いたかったんじゃないんだ。
「そ、そう、ですか……」
どうしよう、俺もリリの事を言えない。
1年経過していても、王女の情操は死んでいた。
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作者:違う違う、そ・お・じゃ、そ・お・じゃ・な〜い♪
ラビ:昭和の懐かしドラマ主題歌ね。
作者:くっ、このフレーズが、ずっと頭に鳴り響く……誰か止めて〜。