「王女に会わなくて良かったのですか?」
ロブール家の家紋がついた馬車に揺られながら、この時代のロブール公子であるソビエッシュに尋ねる。
ニルティ公女が歓喜の声で叫び、扇子を投げて騒いでいた件は、ソビエッシュ共々、見なかった事にした。
俺の時代では威厳のある先代王妃。
まさかあんなお茶目な一面があったとは。
もちろん婚約者があのハディクだ。
喜ぶ気持ちを察するのも、容易いが。
「ああ。
リリを知っているだろう。
そなた達の事は、私の婚約者であるベルジャンヌ王女から聞いている。
そなたに会う前に、リリと偶然居合わせた。
チェリア嬢が行方不明になった件は、既に王女の耳に入っただろう。
私とリリが話していたのも、生徒会室の窓から見ていたんだろう」
「気づいてらしたか」
「そなたが生徒会室の掃除道具入れにいた時からな」
「……そうですか」
俺がこの時代に戻った場所は、生徒会室の掃除道具を入れたロッカーだった。
と言っても王立学園の生徒会は、貴族の中でも高位貴族が主で構成されている。
掃除道具を使うのは、基本的には掃除夫だ。
そもそもが魔法で掃除する事も多いからか、箒と雑巾が1つずつ入っているくらいだった。
シャローナの姉、ミルローザを引き連れたソビエッシュは、リリに何かを伝えた後、何かをリリに向かって吠えるミルローザに殺気をぶつけて黙らせていた。
ひとまずリリと合流できないかと、生徒会室を出たところで、ソビエッシュと対面して、今に至る。
俺に気づいて待ち伏せしていたんだろう。
それにしても俺達は初対面だ。
なのに不審者とも思わず、俺が王女と面識があったとよくわかったな。
「……どんな風貌なのかも含めて、俺の婚約者であるベルジャンヌ王女から聞いていたからだ」
「……そうですか」
考えている事が伝わってしまったか?
チラリとソビエッシュを見やれば、時折煌めいたように見えるミハイルの目と同じように、ソビエッシュの瞳も煌めきを帯びている。
同じ血筋だからかと一旦、納得しておく。
「そなただけでなく、そなたの主だという、私とよく似ているらしい男の事も、俺の婚約者であるベルジャンヌ王女から聞いている」
「……そうですか」
何回【俺の婚約者である〜】と続けるつもりなんだ?
まさか……。
他国の高位貴族であるミハイルの侍従。
それが今の設定だ。
口調も含めて、あまり大きな失言はできない。
当然、分をわきまえない失言にも気をつけ、手短に返事をする。
「それで今、馬車はどちらに向かっているのか、お聞きしても?」
「アッシェ公子がニルティ公女に話した発言を、父であるロブール公爵に尋ねる。
恐らく今日を逃せば、父は暫く邸に戻らない。
私の婚約者であるベルジャンヌ王女との婚約が、今後も継続するかを確認する」
「……そうですか」
「アッシェ公子も含めて、私はベルジャンヌ王女以外を婚約者にも、妻にも据えるつもりはない」
「……そうですか」
ソビエッシュは何故、キリッとした顔で俺を正面から見据えて、俺に宣言をするのだろう?
意図が全くわからない。
わかるのは後に運命の恋人達と呼ばれ、王女以外と婚姻を結び、子を成した事。
孫もでき、孫の1人が俺の同級生となり、同じチームを組んで動くようになった事。
なのに少なくとも今、ソビエッシュが優先するのは、行方不明中のシャローナではない。
婚約者のベルジャンヌ王女だ。
運命の恋人達は、いつから運命の恋人となるんだ?
ソビエッシュが王女に惚れこんでいるのは、何となくわかる。
私の婚約者云々と宣うのも、恐らく雄の牽制。
どこかのレジルス第1王子のような、ドス黒い執着心に似た何かを肌で感じる。
「……私とチェリア嬢が?
あり得ない……」
不意に、ソビエッシュが呟く。
まさか口に出して……いや、それはない。
思わずソビエッシュを見やれば、ソビエッシュの瞳から煌めきが消えた。
訝しげな眼差しも、逸らされた。
「そなたは……やはり暫く私と行動してもらう。
反論は許さない。
次期ロブール公爵としての命令だ」
「……わかりました」
目を合わせる事なく、高貴族らしい口調で命令された。