「それじゃあ、行ってくる。
2人は明日の後夜祭までにソレを設置しておいて」
「「姫様(王女)……」」
リリと俺。
そろって物言いたげな声をそろえてしまう。
「大丈夫だよ。
後夜祭までには戻ってくるから」
俺とリリの不安感を察したのか、王女が無表情ながらも、安心させるように告げる。
王女はそのまま転移しようと魔力を練り、踵を返す。
「戻らないで下さい」
しかしそんな王女に、俺は背後からそう頼んだ。
「ミハイル?」
俺の言葉が予想外だったのか、王女が魔力を霧散して振り返る。
「私が……私とリリが、王女の作った花火を全て打ち上げます」
俺の時代では何度も見た花火の設置。
実は俺が学園に入学した年に、興味本位で手伝った。
光の王太子が在学中、魔法師科の学生が作ったとされた花火。
まさか王女が花火の開発者だとは思っていなかった。
俺がこの時代に戻った時に聞いた、エビアスが王女に下していた命令。
王女の考えた「エビアスを褒め称える特別な仕掛け」が、花火だった。
花火の開発者は王女だが、これまでの功績と違って俺の時代では何者の功績にもなっていない。
ただ開発者が不明となっている。
「ですから王女は絶対に、何があってもここへは……いえ、学園へは戻って来ないで下さい」
「ミハイル?
昨日から……うーん……昨日、ここに来てからずっと変だね」
「それは……」
王女に気づかれていたか。
この場所に花火を設置しようと王女に連れられて来た時、俺はある事に気づいた。
「ここに、何かある?
普段は魔法で誰も入れないよう、立ち入り禁止にしてある塔だし、ミハイルが中に入ったのは昨日が初めてだったと思うんだけど……」
「それは……王女がここで……」
言いかけて、口を噤む。
そう、俺が視た王女の最期の場所。
それがここだと、昨日気づいた。
正確には今、俺達がいるこの塔の屋上の下。
最上階の部屋で、王女は白い灰となった。
俺の時代に、この塔はない。
恐らく取り壊されている。
王女の最期の光景は、屋上が崩れ、階下の部屋から空が見えていた。
あの時の光景を思えば、俺の時代にはこの塔が取り壊されて消失していても、不思議ではない。
「ミハイル、何か隠している?」
王女は魔法師だからか、勘が良い。
だが、王女がここで死ぬかもしれないからだとは、どうしてか言えない。
それは許さないとばかりに、言葉を紡げなくなってしまう。
もしかすると俺がこの時代に飛ばされる事で、何かの制約が効いているのかもしれない。
「夢を……そう、夢を見ました。
王女が大怪我……本当に死んでしまうような大怪我を負う夢を見ました。
その場所が、ここです」
「怪我?
うーん……花火でも暴発したかな?
でもちゃんと魔法は調整しているし、火力も抑えているはず……」
「いえ、花火では……いえ、王女は全身に大火傷を負っていたので、きっとそうかもしれません」
嘘ではない。
王女の全身には古代文字が、焼き印を押されるように走っていた。
「王女はスリアーダ王妃に呼ばれているのでしょう?
そのまま城に行って、学園には戻らないで下さい」
王女がいつ亡くなったかは、明確に記されていない。
けれど花火や、塔の屋上に入れるタイミング。
そして王女の最期の場にいた人物達と、その服装を照らし合わせれば、自ずと正解は導き出せる。
王女が亡くなるのは早くて今晩から、明後日未明にかけてのどこか。
王女の死を回避したいなら、王女にはこのまま城で過ごしてもらう方が良いだろう。
「でも花火が原因なら、明日の打ち上げは私がやる方が被害も抑えられるし、万が一にも対応できるよ?」
たかが夢。
けれど王女がそう言わず、まともに取り合うのは、俺の魔力量が多いとわかっているからかもしれない。
「だから私がやります。
花火の点け方も教わりましたし、夢の状況と変えておく方が安心だ」
「それなら私も、ミハイルとチェックします。
花火を上げないと、あの馬鹿王太子が後で姫様に絡んでくるに決まってる。
それに城に行ってもスリアーダの所に行く時は、姫様はいつも私を置いていくじゃないですか」
「それは……一緒に連れて行く方が、お互い危険になるから。
ごめんね、リリ」
以前、リリから聞いていた。
リリが無理について行くと、スリアーダはリリに何かしら落ち度を作り、リリをわざと傷つけて王女への見せしめにするらしい。
「私が足手まといなのは、わかってます。
だからミハイルの方を監視して、姫様の手順通りに打ち上げるように私が指導してやります」
エッヘンと胸を張るリリ。
かなりの上から口調だな。
もちろん今のリリは、俺の時代の教皇と違って子供だ。
この程度で腹は立たない。
「ええ、私は他国の人間ですから。
リリにはしっかり監視してもらいます。」
「ふん、ただ飯食らい。
無銭飲食分は働けよ」
「……」
そう、リリは子供だ。
無銭飲食どころか、宿代も払っていない。
その通りなんだ。
腹を立てるなんて、するはずがない。
例えば頭の片隅で、教皇姿のオッサンがチラついても、腹は立てない。
俺は大人だ。
「だからミハイルの言うように絶対、戻って来ないで下さい。
魔法師の勘や予知夢は、馬鹿にできないって言うでしょう。
ほら、もう行って下さい!
遅くなったらスリアーダが、また姫様に難癖つけるんだから」
「ちょっ、リリ、押さなくても……わかったよ。
何か危ない事になったら、とにかく逃げるようにね」
リリが王女腹に手を当てて押せば、王女が転移した。
「さあ、リリ。
花火の設置をしたら念の為、塔を見回りしよう」
「ふん、命令するな!」
「おい、蹴るな!」
俺の妹、ラビアンジェ=ロブールの事は忘れていない。
最後のチャンスだと言われている事も、もちろん覚えている。
だが王女の死が回避できたと確信するまでは、王女の事も諦めずに最善を尽くす。
この塔の存在に気づいた時、俺はそう決めたのだ。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
視点がパラパラ変わりますが、基本的に時系列で進行しております。
今回は学園祭(前日)の出来事です。