『こっちだ。
早くそこの窓から、外へ出ろ』
俺にそう言ったのは、誰だったのか。
ミハイルと共に流民達と乗りこんだ船。
その船に突然現れた、見慣れぬ詰襟の服を羽織った少年。
その少年の声と良く似ていた気もする。
昨日、ソビエッシュとは国王との謁見前に別れた。
俺は御者兼、ソビエッシュの侍従として従っていた為、謁見の場に付き添う事が出来なかった。
しかしどれだけ待てど、ソビエッシュは部屋から出て来る事はない。
ソビエッシュが部屋に入る時、チラリと見えたのは2人。
子兎の時、王女の羽織った外套の下から垣間見た、ベリード公爵とニルティ公爵だ。
国王の姿は見えなかったが、間違いなく謁見の場に居たはず。
時間がかかるからと、俺は別室で待機させられている所に、少年らしきの声が聞こえて窓から出た。
数秒後、俺が居た部屋へ入る足音がして、俺を探せと慌ただしく出て行った。
部屋に入り、探せと口にしていたのは、靴音と剣の擦れる音からして騎士だ。
少年らしき声に従わなければ、身分社会が強そうなこの時代の騎士達から、どんな扱いを受けていたかわからない。
部屋から聞こえた声音は、そんな危機感を煽らせていた。
足音が遠ざかってから、馬車停で別れていたレジルスがどこからともなく現れて、俺をその場から連れ出した。
どうでも良いが、ポチの首輪。
良い働きをしているな。
首輪は、目眩ましと気配消しの魔法が付与された魔法具。
ポチを片手で抱き上げ、空いた手で首輪を掴んでいると、俺にも効果が発揮される。
今回、初めて知った。
ポチと共に自分の居た建物を出て、違う場所から隠し通路に入り、隠し部屋らしき場所で一夜を明かした。
途中、居なくなったポチが再び現れ、誘われるまま、辿り着いたのが、ここ。
見覚えのある地下牢だ。
子兎の時に王女と入っていた地下牢に違いない。
俺は中にいた人物__ソビエッシュに声をかけた。
「ラルフ、何故そんな所から……ああ、ポチに連れられて……ポチ、城を探検するのは良いが、ベルに迷惑をかけるような真似は……」
薄暗い牢なのに、ソビエッシュの瞳が煌めいて見えるから不思議だ。
ソビエッシュがポチに話しかけるも、不自然なタイミングで口を噤む。
「隠れていろ」
ソビエッシュは短く指示を与えて、スッと柵の方へ身を寄せた。
「ふん、良い気味だ。
そんなに王族の血を取りこみたかったのか」
コツコツと靴音をさせて現れたのは、エビアス。
エビアスは牢の中を顔を見せた途端、馬鹿にした笑いを浮かべて言い放つ。
「何が言いたい」
「とぼけるな。
昨日、父上と母上の不況を買い、ここへ閉じこめられただろう。
それでも答えを変えずにいるのは、卑しい平民の血が混ざっていても、ベルジャンヌが王家の血を引いているからだと、わかっている」
「どういう意味だ」
「まだとぼけるとは、無駄な事を。
ロブール公爵家は長らく聖獣と契約できていない。
なのに四大公爵家を名乗れているのは、いち早く他国との取り引きを開始して、富を築いたからだ」
「富と四大公爵家を名乗る事に、何の理由が?」
こちらに背を向けるソビエッシュの顔は見えない。
しかしソビエッシュの口調から、エビアスが言わんとする事が何か見当がついていないと察する。
「聖獣がいても、国内での支持を得ながら権力を保つ王家と四大公爵家には、金がいる」
「それが?」
「小賢しい格下の貴族達を黙らせ、数が多い卑しい平民達に支持させるには、我々だけの金では足りず、ロブール公爵家の献金が必要だった。
だから聖獣と契約もできずにいたロブール公爵家も、献金の褒美として四大公爵家のままにしてやっていたのだ。
ただ、金が尽きた場合を考えたロブール公爵は、不安を感じてベルジャンヌをロブール家の血筋に取りこみたかった。
どうだ、お前達の考えている事など、こちらもお見通しなんだよ」
エビアスがニヤリと笑う。
するとソビエッシュは、ため息を吐いた。
「随分と真相が捻れている」
「何が言いたい」
「ロブール家の先祖の1人に、とんでもなく金儲けに執着した人間がいたのは確かだ」
「なら……」
「最後まで聞け。
その祖先は3度の食事より、金儲けが好き。
金が好きというより、金儲けする行為が好き。
そんな変人だった。
その変人はロベニア国でいるより、他国の方が金儲けができる。
そう考えて四大公爵家を、ひいてはロベニア国自体から出奔しようと試みたのだ」
ソビエッシュが言い終わると、抱えたポチが小さく「わふ」とため息混じりに鳴いた。
何となくポチが「ああ、ロブール家なら、そんな変人がいそうだな」と、半ば呆れているように見えたのは、黙っておこう。