「……は?
何だ、その理解し難い話は」
エビアスが眉を顰めるが、俺もソビエッシュが何を言ったのか、理解しきれていない。
「王家や四大公爵家という枠に囚われて、中途半端に金儲けができるのを厭ったらしいな。
最後に四大公爵家の義務を果たそうとした……いや、恐らく0から金儲けがしたくなったんだろう。
気持ちは何となくわからなくもない。
その変人は、全ての資産をロベニア国内の孤児院、法整備、福祉関連に使う算段まで計画し、実行直前までいっていた」
「いや、私には全くわからないぞ」
エビアスが合いの手のようにつっこむが、俺はふと、ラビアンジェ公女を思い浮かべてしまう。
公女が時折変態……いや、堂に入った顔で、生き生きと不可解な魔法具を作る事がある。
理解はできないが、誰に理解されずとも楽しいという気持ちを優先するのが、ロブール公爵家の特徴なのかもしれない。
そんな風な理解の仕方をする。
「だが当時の王と、他の四大公爵家当主が出奔を認めなかった。
代わりにロブール家だけは、王からの制約を受けるような宣誓を免除された」
「宣誓?」
「やはり知らなかったのか。
王太子としては名ばかりだからな」
「何だと。
貴様……」
エビアスが貴様扱いをして睨みつけるが、ソビエッシュは意に介さない。
「当主になる際に誓う、聖獣を絡めた当主宣誓だ」
「何だ、そんな事か。
もちろん知っている。
あれはそもそも、聖獣と契約していないから……」
「あの宣誓には、当主が王の言いなりになるような、ある種の隷属魔法が仕こまれている。
それを知らずして、王太子を名乗るとはな」
「口を慎め。
次期アッシェ家当主であるハディクからも、聞いた事はない。
大方、聖獣と契約できずにいたロブール公爵家の言いがかり……」
「とは言え次期当主の私が知っているのは、ロブール家だからだ」
エビアスの話を再びぶった切るソビエッシュ。
間違いなく、エビアスとの話に価値なしと判断し、早く切り上げようとしているな。
「2日前に国王と謁見した際、私と王女の婚約解消を認めるよう迫られた時に確信した」
静かに告げるソビエッシュの言葉に、まさかと思う。
ソビエッシュが牢に入っているのは……。
__フン。
腕に抱くレジルスが、呆れたように無言で鼻息を鳴らす。
ポチも同じ事に思い至ったようだ。
「そもそもだ。
お前がこれからやろうとしている、チェリア嬢を側室とする行為。
何故、宰相という地位にも就くベリード公爵が認める必要がある。
そなたとベリード公女が婚姻を結び、子が出来なかった時に検討するべき事案であって、ベリード公女を妃に迎える前にすべきではない。
子供でもわかる不義理だ」
「……チッ」
舌打ちしたのはもちろん、エビアス。
不義理については理解しているらしい。
「そしてアッシェ家側からニルティ家への、両公子公女の一方的な婚約解消。
本来ならアッシェ家は、多額の慰謝料をニルティ家に対して支払う必要がある。
なのに国王からの一声だけで、ニルティ公爵は頷いている。
謁見の場で、私はそう聞いた。
もちろん誰とも婚約をしていない状態でなら、アッシェ公子とベルジャンヌ王女との婚約も、王自身の娘の事だ。
王が主導で行うのも、まだわからなくはない。
だがアッシェ家とニルティ家の事でどうして国王が、片方の家門のみ一方的有利に働くような口を出し、なおかつそれを当主が認める必要が?」
「はっ。
だが貴様ととベルジャンヌの婚約は、ロブール公爵家の意向を聞いている。
他の三家も同じだ。
当主同士で合意しただけに……」
「違う。
王による命令だ」
ソビエッシュが再び遮る。
「何故、断言できる」
「教えてやる必要はない。
ただ、私には確信する術がある。
それだけだ」
「私はこの国の王太子だぞ」
「だが王ではない。
そして私の父親であるロブール公爵は、私と王女との婚約解消や破棄について、次期当主である私の意向に任せるとした」
「ならば認めれば良いだろう。
ベルジャンヌより出来の良い、ニルティ公女との婚約を認めてやる。
ブランジュが良いなら、ブランジュでも良い」
この国の王太子がこんな道理のない男で良いのか?
俺は未来から来た人間だし、本来の身分は末端貴族。
決して政治にも関わらない。
領地を治める事もない。
それでもこの国の未来を憂いそうになっていた。