「ワン」
「ああ。
この穴を崩すようにして風魔法を使う。
風を調整して瓦礫が落ちるのを遅らせるから、ポチはシャローナの上に覆い被さって首輪の守護魔法を発動してくれ」
動けなくなったエッシュを地下牢に置いて、俺はレジルス《ポチ》とシャローナの元へと急いだ。
エビアスが去ってすぐ、ソビエッシュへと駆けつけた。
ソビエッシュは酷い魔力枯渇をしていたが、駆けつけたポチの首輪に収納されていたポーションを取ると、一気にあおって事なきを得た。
ただ、ポーションは一時的な回復をさせるものの、本来の魔力量を僅かに下回らせる副作用があるらしい。
また、直ぐ様動く事もできないそうだ。
ベルジャンヌ王女は……ポーションを飲みながら普通に動いていなかったか?
と、思わなくもないが、もしかすると王女は、気力と魔力枯渇の耐性がついているのかもしれない。
確かラビアンジェ公女もそんな体質だ。
元々の魔力量が王女と違うだけで、同じような体質なのかもしれない。
それはともかく、ソビエッシュの危機は脱したと判断し、ポチとソビエッシュ自身に促されるまま、シャローナの救出を優先する事となった。
ポチに案内された穴から覗けば、シャローナは真下にいて、眠らされていた。
魔法が使えない犬となったレジルスに指示を出し、人が1人通れる穴を空け、レジルスがサッと入る。
シャローナの上に落ちる瓦礫は、ポチとポチに触れたシャローナに当たる事なく砕け散って砂塵となった。
「脱出だ。
案内を頼む」
「ワン」
そしてシャローナが眠っていたシーツを割いて、ロープを作り、背負う形で互いの体にロープを巻いて穴から出た。
通路は狭く、途中でほふく前進をしたり、壁を一部削ったりしながらポチの後に続く。
今、俺達はどこを進んでいるのだろう。
何度目かのほふく前進から、人が1人普通に通れるような薄暗い通路に出て、そんな事を考えた時だ。
不意にポチが歩みを完全に止めた。
犬耳がピクピク動き、ややあって壁に犬耳を当てる。
「ワン!」
両後ろ足で立ったポチは、両前足で壁をタシタシとタップする。
どうしたんだろうかと、先ほどのポチと同じように耳を壁に当てた。
「………………」
「………………」
「………………」
何を話しているのかわからないが、幾人かの声が聞こえた。
その内の1人に、王女らしき声が混じっている?
「ワンワン!」
再びポチが壁をタップする。
「壊せと言っているのか?」
「ワン!」
ポチはそうだと言うように吠えて、頷く。
「離れていろ」
そう言って、ポチが離れてから魔法で風を手元に圧縮して、風球を作る。
手元から放つ事までは、俺の魔法技術でできないが、壁に押し当てれば一部が消し飛んだ。
掻き消えた風球で空いた穴に、蹴りを入れて物理で壊す。
それにしても、かなりの音と蹴りの反動が、シャローナにも伝わっているはず。
なのに起きない。
間違いなく魔法か薬で眠らされている。
「ワン!」
その時、ポチが駆け出した。
王女の声に反応したんだろうか。
俺も王女の声がする方へと向かうと、犬足が地面を蹴る音と、やや下方から着地する犬足の音が僅かに聞こえた。
内心、首を捻って角を曲がると、眼前に壁。
足下には道が無く、穴が空いているかのような空洞。
なるほど、ポチはこの穴を……まさか落ちたのか?
「ワフ」
少し小さな鳴き声がするが、怪我をしたような声ではない。
と判断すると、犬足が遠ざかる音が。
勝手だな?
ついて来いよ的な感じか?
体に巻いたロープを外し、シャローナに巻きつけ直して壁にぶつけないよう注意しながら、先に降ろす。
穴は比較的狭いのが良かった。
両手両足を左右に伸ばして、突っ張りながらそろそろと降りる。
どうやら下には通路があり、下の通路の天井の一部に空いた穴と繋がっていたらしい。
先に下ろして通路に横たわるシャローナを、踏みつけないよう避けて飛び降りた。
片側は石造りの壁。
もう片側は、木製の壁になっている。
通路と思った場所は、木製と石造りの壁に囲まれた長細い小部屋だったらしい。
レジルスの姿はない。
となると、どこかに隠し扉がある?
「……何故……」
「……それはロブール公子が決め……」
男の声の次に王女の声が、少しハッキリと聞こえるようになった。
男の声は……まさか国王か?
子兎だった時、1度だけ耳にした声に似ている。
声のする側となる木製の壁に手を這わせる。
魔法が使えないポチがいないなら、どこかに出口が細工されているはずだ。