「ここに来る前、王妃と会っていたらしいな。
ならば既に聞いておろう。
お前と懇意にしているシャローナ=チェリア。
そしてお前の母親の生家が、どうなっても良いと?
その上で今一度問う。
何故お前もまた、ロブール公子との婚約解消を望まぬ?」
隠された出口を探し当てた途端、俺はまた違う部屋へと出た。
この部屋には普通のドアがあり、ポチがドアを僅かに開けて外を窺っていた。
置いてきたシャローナが気になるものの、ポチの横へと静かに侍り、ポチの首輪を握って気配を隠す。
ドア向こうは子兎の時、王女の服に隠れて入った謁見の間だ。
前回と違い、俺は椅子に座る国王の背後から、王女の姿を確認する。
この部屋にいるのは、王女と国王、そしてベリード公爵とニルティ公爵。
それ以外の者の気配はない。
人払いがされていると察する。
「何度も言わせるなんて、耄碌した?
そもそもこの婚約は、ロブール公子側から持ちかけられたと、ロブール公子に聞いた。
だとするならそれは公子が、もしくは王家とロブール家が、協議して決めれば良い。
王妃も国王も、どうして私に選択を迫る?
それも令嬢やその生家を人質に取ってまで」
「何故、意地を張る?
まさかロブール公子に、絆されたわけでもあるまい?」
「そういうの、私にわからない。
君が未だに私の実母、アシュリーに執着している事も含めてね」
「黙れ。
ベリード、ニルティ。
余に仇なす者へ、聖獣を使って罰を与えよ」
国王の言葉に、2人の公爵が顔を歪める。
間違いなく躊躇いが見て取れた。
「何をしておる。
当主の誓約を忘れたか」
目を血走らせた国王の言葉に、更に顔を歪めた公爵達が口を開く。
「ヴァミリア」
「ドラゴレナ」
するとニルティ公爵と同じ黒い瞳をした炎鳥が、宙を舞い、ベリード公爵と同じ朱色の瞳をしたアルラウネが、ベリード公爵の肩に現れる。
「国王、いや、オルバンス。
長年共に国政を担った臣下として、忠言を聞いてくれ。
これは駄目だ」
「聖獣まで使って、それも聖獣と契約している者を攻撃など、どうかしている」
ベリード公爵が願い、ニルティ公爵が非難する。
「黙れ。
生かしてやった恩も忘れ、こ奴は長らく余を騙しておった。
あの手紙の封蝋」
封蝋?
王女が使う封蝋なら、赤のリコリスが有名だ。
「アシュリーからの手紙の封に使った封蝋だ。
白のリコリスだった。
貴様は余に、赤だと思わせ続けたのであろう」
なるほど。
王女の使う封蝋の色が違うとして、何か意味があるのか?
「そもそも勝手に赤だと思いこんだの、そっちだよ。
わざと赤いリコリスで祝福名の誓約をした。
なのに確認もせず、誓約を受け入れたでしょう」
祝福名で誓約?
だから王女は今の公爵達のように、国王達の言いなりになっていた?
「……何を企んでおる。
貴様の望み通り、アシュリーは余の元を完全に去った。
余はアシュリーを取り返す事もせず、堪えてやっておる」
「堪えて?
違うよね。
今の隣国の位置づけでは、不用意な手出しは出来ない。
それにアシュリーの手紙に、何て書いてあったのかな。
こんな事なら見ておけば良かったかもね。
手紙の内容を見て、君は手を出せなくなった。
あのタイミングで私が決めた本当の祝福花の花色を知り、私達の間の誓約が初めから無効だったと理解したのも一因かな。
アシュリーという、私にとっての荷物であり、君にとって盾となる人間がいなくなった。
なのに私がこれまで通り、君や王妃の命令に従う理由が、君にはわからない。
だから不用意な事はできないと感じた。
君は、あえて堪えているんじゃない。
堪えざるを得ないだけ」
「この恩知らずが」
忌々しそうに吐き捨てる国王を見て、なるほどと思う。
王女は国王と、何か誓約を結んでいたようだ。
王女が国王の言いなりになる理由が、ただ王族だからかと思っていた。
だがどうやら誓約のせい……いや、結んだと誤解させ続けたかった?
だとして国王の話から察するに王女は長年、国王を騙していた事になる。
俺は子兎として王女に出会った頃から、王女がいかに虐げられてきたか直接見た。
間違いなく、王女は幼少期から国王達を騙してきている。
酷すぎる使われ方をされてでも、王女は何かを狙い、ずっと堪えてきた?
王女は何を望み、堪えてきたのだろう?
「お前など、早く殺してしまえば良かった。
ヴァミリア、ドラゴレナ。
殺れ」
国王の命令に、2人の公爵達が苦悶の表情を浮かべ、抗おうとしているかのように見えた。