「ベリード公、ニルティ公。
暫く抗ってて。
ヴァミリア、ドラゴレナも。
正直、もう時間がない」
国王が命令するも、王女が制止を促す。
「時間、とは?」
どこか苦しげな表情を浮かべる内の1人、ベリード公爵が問う。
それよりも王女の時間がないという言葉。
……何だ?
嫌な予感がする。
胸がザワつき始める。
「ヴゥ」
すると僅かにポチが唸った。
どうやらポチも、俺と同じらしい。
「まだ気づかない?
エビアスの周囲には悪魔がいる。
そしてエビアスは悪魔の餌である、魔法呪になりつつあるんだけど?」
「「悪魔だと!?」」
王女の言葉に大きく狼狽える2人の公爵。
聖獣達の表情も、王女の言葉に眉を顰める。
「何が言いたい。
つまらぬ虚言を吐くな」
しかし国王は否定的だ。
それに王女の事を、やや下から睨めつけ始めたのが気になる。
国王だけが違う反応を見せている事に、どこか違和感を感じてしまう。
まるで……。
「やっぱりヴァミリアもドラゴレナも、公爵2人も気づいてなかったんだね。
キャスケットも気づいていなかった。
けれど国王。
君はどこかで気づいてて、知らない振りをしてたみたいだ」
そう、王女の言う通りだ。
俺の感じる違和感の答えは、王女の最後の言葉にある。
「「国王……」」
公爵達は、黙りこんだ国王の真意を確かめるように国王の顔色を窺い、口をグッと引き結んだ国王を見て、失望の声を発した。
「……」
王女はそんな国王を、ただ無言で見つめている。
いや、観察している?
王女は国王から、何を感じ取っているんだ?
「ワフ?」
ポチもまた、首を捻る。
俺と同じく、国王を見ている王女に、何か思う事があるようだ。
「……ねえ、君。
何を恐れて口を噤んだの?」
やがて長い沈黙の後、王女は国王に尋ねた。
「何が言いたい」
「君は悪魔の話になってから、ずっと私を下から睨んでいた。
君の方が立場は上で、有利な権力を握っているのは間違いなく君だ。
なのにどうして、下から睨む?
普通、上から私を見下そうとするものじゃない?」
「……黙れ」
「ねえ、君は何を恐れている?
エビアスが魔法呪になりかけている云々はともかく、悪魔が身近にうろついていたのは、実はずっと前から気づいていたんじゃない?
なのに君が何も手を打っていない。
どうして?」
「黙れ」
「君は、あえて見逃した……違うな。
気づいた事自体、がなかった事にした?
ああ、もしかして君、悪魔の存在自体を感じ取ったのは……」
「黙れと言っている!」
王女が国王の表情を読みながら、恐らく自分の推察を混じえながら、言葉を紡ぐ。
ずっと制止し続けた国王が、感情的に吐き捨てたなら、きっと核心に迫っている。
「エビアスを通してじゃない。
もっとずっと前。
別の誰かを通して、悪魔の存在に気づいたんだ」
国王の制止を完全に無視して、王女は結論づける。
「オルバンス……まさか……」
「先代……国王陛下、なのか?」
するとベリード公爵が先に反応し、ニルティ公爵が呆然と呟く。
「違う……先代国王は……父上は……」
公爵達は、先代国王について何か思い当たる節があったのだろう。
国王が苦悶の表情を浮かべて否定するも、逆に肯定しているかのように見える。
「アシュリーを……父上はただ、アシュリーを欲しただけで……」
アシュリー?
どうしてここで王女の母親の名前を?
「ワフ」
国王が脈絡なく、王女の母親の名を出したと思った時、ポチが何かを知らせるように小さく鳴き、首を捻って背後の俺を見る。
そのまま聖獣ドラゴレナへと視線をやり、再び王女へと視線を戻す。
何だ?
俺にはさっぱり伝わらないが……。
再びドラゴレナを見て、王女を見やる。
もしかすると、何か魔法を使っている?
公爵達が狼狽え、国王は感情的になっているから、精神系統の魔法……うーん……わからない。
俺はポチやミハイルのように魔力も多く、魔法に長けた人間じゃない。
教育も教養も、下位貴族や冒険者に見合うものしか受けていないんだ。
ただでさえポチは犬語しか話せない。
ポチの行動を読み解くのは、至難の技だ。
「そう、わかったよ」
どうやら王女は、今の国王と公爵達の反応で必要な答えを得たらしい。
「魔法呪の話をしよう。
少し前、君達も知っていたように、スリアーダに呼ばれて会っていた。
その時、エビアスもいたんだ。
元々、体内を循環する魔力に違和感を感じていたけど、体から黒い靄まで発するようになっていた。
それにスリアーダは気づいてなかったけど、微かに腐敗臭を放っていたんだ」
時間がないとの言葉は、本当のようだ。
王女は答えを得た途端、話を切り替えてしまう。