「腐敗臭?
しかし少し前に会った時には……」
そう言ってニルティ公爵が、自分の契約するヴァミリアを見やる。
ベリード公爵も同じように、ドラゴレナを見る。
しかし聖獣達は首を振り、公爵達も困惑したように眉を顰める。
俺とポチも顔を見合わせるが、地下牢で悪魔らしき陰は見ても、臭いまでは……。
「ラグォンドル」
不意に、王女が竜の聖獣を呼ぶ。
すると何百人も入れそうな謁見の間の、半分を占める大きさの竜が忽然と現れた。
蠱毒の箱庭で聖獣となった、元黒蛇だ。
瞳は聖獣に昇華した時から変わらず、藍色に金が散っている。
「「まさか……」」
「うん。
ラグォンドルは聖獣。
私が昇華させて、ずっと隠してきた」
「貴様……貴様は……」
目を見開いて驚く公爵達。
そして王女の答えに、わなわなと体を震わせる国王。
国王の王女を睨みつける目には、怒りの他に嫉妬が窺える気がする。
「ラグォンドルは悪魔に気づいてた。
他の3体とラグォンドルの違いは、歪んだ誓約を1度でも結んでいたか、いないかだ
私と公爵達……国王、君もかな。
違いはラグォンドルのような聖獣と契約しているか、いないか」
王女の説明になるほど、と納得する。
「エビアスとまともに話す……と言っても何かを命令しに来るだけの関係だったけど、ここ1年くらいの間に、気の所為だと思っていた腐臭は、エビアスから発していると特定できるくらい、強くなってる。
そしてラグォンドルが言っているんだ。
蠱毒の箱庭で、自分や魔獣達の正気を奪った時に臭いと同じだって」
「蠱毒の箱庭……そう言えば魔獣集団暴走が起こって……」
「まさか、あのスタンピードも悪魔が……」
半ば確信したように公爵達が話す中、国王が静かに王女を指差した。
「オルバンス?
……はっ、待て……」
『オルバンス=ラト=ロベニア◯、聖獣の主◯◯◯命じ◯』
ベリード公爵が制止する間もなく、国王が古語で何かを喋る。
俺は正直、古語はほとんど習っていない。
学園の科目に古語はなく、領主教育の延長で、兄が習っているのを遠くから耳にした事がある程度。
国王の名前と、古語での聖獣や主が何たら〜としか、わからない。
「グルルル……」
しかしポチは正確に理解したらしく、怒りを顕にする。
国王の口調から、何かを自分の名前にかけて聖獣に命じたのだと推察する。
「ヴァミリア!」
「ドラゴレナ、止めるんだ!」
不意の叫び声に、ポチから視線を戻す。
公爵達が制止しようとする聖獣達が、王女を真ん中に挟み、今にも攻撃しようとしている。
片や炎を纏うヴァミリア。
片や男の腕程の太さの棘蔦を王女の足下から出すドラゴレナ。
「当主の宣誓を忘れたか。
如何に四大公爵家と言えど、このロベニア国王への裏切りは許さぬ。
そなた達の宣誓を通し、余は聖獣の主として短時間ならば命じる事ができる。
己だけが聖獣の契約者として、聖獣を意のままに操れるなどと思うな。
跪け」
「「っ」」
どうやらあの古語の解釈は、間違っていなかったらしい。
公爵達を跪かせた国王は、悠然とした足取りで王女の前に進む。
「今になって新たな聖獣の存在を知らしめたのは、何故だ」
「君も、公爵達も。
今すぐ聖獣にかけた契約という呪いを解く気はない?」
国王を完全に無視した王女が、静かに問う。
「今の聖獣達を見て、君達は何も感じない?」
「ヴァミリア、ドラゴレナ」
すると今度は国王が、王女の問いを無視して聖獣達に王女を攻撃しろと言外に告げる。
途端、王女の体に火と蔦が纏わりつく。
宙に浮くラグォンドルが王女の背後に回ると、火が消えた。
蔦もどこかから現れた水刃が切り裂く。
更に他の2体の聖獣を薙ぎ払おうとしたのか、尾を振りかぶる。
「ラグォンドル、それは駄目」
しかし、物理攻撃は王女が止める。
「ベリード公、ニルティ公。
聖獣との契約を解除して欲しい。
これ以上、聖獣達を悲しませないで良いように」
そう言いながら、王女はすぐ近くに浮かぶ2体の聖獣それぞれに、手を伸ばす。
ヴァミリアの頬に触れた手は、炎に炙られて爛れる。
ドラゴレナの頬に触れた手は、何かの樹液でかぶれるように爛れる。
爛れるに留まっているのは、ラグォンドルのお陰なのか?
それとも個々の聖獣達が、それ以上酷くならないよう、進行を抑えているのか……。
気づけばヴァミリアもドラゴレナも、涙を流していた。
王女は無表情なまま、溢れ始めた聖獣達の涙を優しい手つきで拭い、大丈夫だと言うように撫でる。
「しかし……」
「我らの意志だけでは、できんのだ……」
言い淀むニルティ公爵。
そしてベリード公爵が不可能だと告げた。
二人共、聖獣の涙に思うところはあるのだろう。
苦悶の表情を浮かべている。