「そういう事だ。
愚かで、余の娘とも呼べぬ娘よ」
「……そういう事。
君が認めなければ、聖獣達は契約を破棄できない……」
「聖獣自身が死と引き換えにすれば、あるいは可能かもしれぬ。
なれど死と引き換えにしてまで破棄しようとせぬなら、所詮はその程度の気持ちという事」
国王の言葉で、公爵達はうつむく。
そうか、だからピヴィエラは……。
蠱毒の箱庭で契約を破棄し、傷だらけになったピヴィエラの姿を思い出す。
胸糞悪い。
俺の時代、まだラビアンジェ公女と第二王子が婚約していた頃だ。
第二王子とその取り巻き達の、公女への言動を目の当たりにしていたあの頃。
こんな醜悪に胸糞悪い奴らなんか、こいつらくらいだろうと思っていた。
だが……この時代の国王より、ずっとマシだったな。
「そう……そして君は聖獣に縋らなければ、結局私に勝てない」
「何が言いたい」
国王が、王女をギロリと睨みつける。
王女は……面倒臭そうに見えるが、気の所為か?
「正直、君の魔法を直接受けても、私は死なない。
弱いんだ。
もちろん傷つきはするだろうね。
それに君、私を殺せないでしょう」
「ふざけるな。
お前が死ねばと、何度考えたかわからぬ」
「そう。
考えはするけど、殺せていない。
だって君はずる賢いから」
「侮辱するか」
「はあ……面倒臭い。
弱いから、頭が働く。
生かしてやっていると言いながら、その実、生かさなければ国王として価値を高められなかった」
「……黙れ」
「君、私達の実の父親、デュアルゴ=バンダ=ロベニアより、王に向いてないよ」
「黙れ」
王女が確実に煽っている。
多分、内心では面倒臭がっている気がするが、慣れない煽りを王女がしている。
そして一国の王なのに、国王も徐々に感情的に……ん?
爛れた手で頬を撫でられている聖獣達の瞳。
2体の聖獣共、それぞれの契約者の瞳に、金の散った藍色が混じっている?
更に国王の周りには、僅かだが赤い埃……いや、花粉だな。
目を凝らさなければわからない、微粒の花粉が舞っている。
もしかしてドラゴレナが、国王の感情に働きかけて……。
「さすがだね。
自分の父親を殺さないと、王にもなれなかった異母兄殿」
「黙れ!
調子に乗るでないわ!
ならばその身で余の魔法を受けよ!
ヴァミリア!
ドラゴレナ!
ベルジャンヌが魔法を使わぬよう、逃げぬよう、押さえておれ!
ベルジャンヌよ、無駄な抵抗をすれば聖獣達もその契約者も、罰を与えると思い知れ!」
とうとう感情を爆発させた国王は、結局、聖獣達の力を頼るらしい。
王女は……ため息を吐いて、聖獣達から手を離す。
依然、聖獣達の瞳はそのままに、2体の聖獣達は炎と棘蔦を王女の体に再び絡める。
更に、王女を守っていたはずのラグォンドルの姿がない。
王女が遠ざけた?!
まさかとは思うが……王女は国王の言う通り、無抵抗でいるつもりじゃ……。
国王の周りに聖属性を除く、全ての属性で作ったと思しき矢と刃、槍が具現化する。
無数の刃先は、全て王女へと向いていた。
「ワンワンワンワン!」
その時、ポチが吠えて暴れる。
王女達のやり取りに気を取られていた俺は、首輪から手を離してしまう。
今にも駆け出そうとするポチ。
その時だ。
「駄目よ」
公女が駆け寄って、ポチを抱きしめるようにして止めた。
「大丈夫だから」
「ワンワン……ワフ?」
いや、公女に瓜二つのシャローナだったな。
そう言えば、ずっと眠っていたが、とうとう起きた……本当に、シャローナだろうか?
離せと言うかのように束の間、暴れたポチも大人しくなっている。
身をよじり、シャローナの顔を見つめ、キョトンとしているぞ?
「シャローナ、か?」
どうしてだろう?
シャローナのはずなのに、妙に落ち着いていると思わせる微笑みに、違和感がある。
しかし、そんな違和感を忘れるような怒鳴り声が、突如として頭に降ってくる。
『子供が我慢してんじゃねえ!
とにかく怒れよ!
それが子供の特権だろう!』
流民達と乗った船に突然現れ、白い光を放ったあの少年だ。
声だけではなく、姿が朧気に見えているからこそ、確信する。
やはりソビエッシュの従者として控室にいた時、窓から出ろと言った声も、この少年の物に違いない。
少年は相変わらず黒い詰襟服を着ている。
見た事がない程、丈が長い。