「わ、わかった
『ロベニア国王たる◯◯◯◯◯……』」
わ、わからない……古代語、わからな……。
「ロベニア国王たる我、オルバンス=ラト=ロベニアは祝福されし名、ラトをイェビナを掲げし者に捧げ、忠誠を誓う」
「す、すまない」
「習っていないのに、わかれなんて言わないわ」
解説してくれた公女が、また俺の祖母さんのような、微笑ましげな視線を向けてくる。
気恥ずかしくなって、視線を王女と国王へ向けた。
すると国王の髪に宿っていた銀が、体に吸いこまれるように消え失せる。
国王の髪が、白髪の目立つミルクティーブロンドとなった。
『お前の花を受け取ろう』
ひとまず王女が何を言ったのかは、理解できた。
思わずほっとする。
王女が国王に手をかざすと、ボロボロになった国王の体から、陽炎のような銀の光が揺らぎ出る。
光は白桃色の芍薬に変化した。
白桃色……まるで王女の……いや、アシュリーの髪色だ。
王女は躊躇せずに花を片手でグシャリと掴んで握り潰す。
握りこんだ王女の手から銀光が溢れ、ピオニーが溶けるようにして手の中へ吸いこまれた。
「……あ……ああ!
ああああ!」
途端、絶望に打ちひしがれた表情で頭を抱えて丸くなり、地面に伏して叫んだのは国王。
まるで大切な何かを喪ったかのような、慟哭に聞こえた。
王女に花を潰されたか、吸収されたかした反動か?
王女はそんな国王を一瞥し、手の平からリコリスの花蕾を顕現させる。
王女のリコリスは白だと言っていた。
しかしリコリスの花は王から奪った銀光を纏い、白銀となっている。
リコリスの花蕾が揺れ、ゆっくりと花開けば、銀花粉がふわりと舞い始める。
俺にもわかるほど、この花粉には濃縮した魔力を内包している。
銀光を纏う王女は、これまでと違い、恐ろしいほどの存在感を放ち、王の風格すらも感じられた。
これまで石像のように微動だにしなかった二体の聖獣達が、フラフラと王女に近づき、頭を垂れる。
まるで聖獣が主にかしずくかのように見える。
だが王女は聖獣達を見て、痛ましげに瞳を揺らしてから、口を開いた。
「『聞け、我がロベニア国の聖獣達。
お前達の主となったベルジャンヌ=イェビナ=ロベニアは、我が血の始祖たる王と連綿と続く魂の契約をせし、聖獣アヴォイドより授けられたイェビナの名の下に、全ての契約の破棄を許す』」
王女と公女の声が被り、王女が何と言ったかを知る。
聖獣達からも銀の光が立ち上ると、銀光は王女の体にスッと吸収されていく。
ややあって、ヴァミリアが翼をはためかせ、ドラゴレナはフルフルと頭を振った。
二体の聖獣達の瞳は、魔獣の赤色になっている。
「ヴァミリア、すまなかった」
「ドラゴレナ、どうか許さないでくれ」
二人の公爵達が、それぞれの元契約聖獣へ語りかける。
しかし二体の聖獣達は、公爵達には目もくれなかった。
ヴァミリアは王女の肩に止まり、頬を擦り寄せる。
ドラゴレナは宙に浮き、王女の周りを1度旋回した。
王女にのみ別れの挨拶を済ませた聖獣達は、一瞬で転移し、どこかへ去ってしまう。
暫くの沈黙の後、王女は国王と公爵達を見やり、静かに告げた。
「全てを私のせいにして、事が納まるならそうして良い」
一瞬、理解できなかった。
ポチも尻尾を振るのを止め、再び公女の方へと首を捻る。
それはつまり……王女が悪く言われて……え?
「最後に仕掛けた罠よ。
もしこの話に父親や四公家が乗るのなら、聖獣達は嫌悪感を抱くはず。
聖獣達がどれだけ慈悲に溢れていても、未だに初代ロベニア国王をこよなく愛していても、きっと王や四公家と契約しようだなんて考えなくなるはず。
実際、あなた達の時間軸にいる聖獣達は、そうなっていた」
そうか、だから王女は稀代の悪女と……。
だが、公女はどこか寂しげだ。
もしかするとこの時王女は……。
改めて王女の表情を見るも、無表情で心情を読めない。
読めないが……心のどこかで、罠に掛かって欲しくないと矛盾した気持ちもあったんじゃないのか?
そう、誰だって好きで後世に、悪女として名を残したかったはずがない。
王女の側に行こう。
慰めにならないのは百も承知だが、一人になんかしてたまるか。
衝動的に、一歩踏み出した。