「陛下から離れよ、ベルジャンヌ!」
俺が王女へと一歩踏み出した時、子兎の時に聞いた女の声がした。
スリアーダだ。
扉が外から内に向かって弾け飛び、同時に王女へと炎刃が乱れ飛ぶ。
赤髪の女が、スリアーダが走りこんで来たかと思うと、王女に向かって手にしていた剣で斬りかかる。
あの剣は、子兎だった時にハディクが手にしていた剣では!?
「「王女!?」」
公爵達が驚いた声を上げる中、王女は間一髪で避けた。
普段の王女なら魔法で防ぐか、余裕を持って避けるかできたはず。
しかし王女の動きは鈍い。
何より、剣は炎を纏う魔法具だった。
正に間一髪で避けるが、左側の髪が肩からバッサリ焼き切られてしまった。
いつも無表情な王女は、避けた後も険しい顔で胸を押さえて、息をどうにか整えようとしている?!
「「王女?!」」
これには公爵達も予想外だったらしく、慌てて王女へと駆け寄る。
「陛下?!
ああ、お可哀想な陛下!
しっかりなさって!」
と同時に、スリアーダは剣を片手に、国王へと駆け寄っていた。
「魔力が乱れている?!」
ニルティ公爵が王女の肩に手を置く。
「聖獣の祝福を奪い、吸収したせいだろうが……この聖印は何だ?」
「駄目だ。
聖印が邪魔をして、私の魔力を馴染ませられない」
「……私の方も駄目だ。
何だ、この聖印は……まるで焼き印のように現れる。
このまま魔力で補助できねば、王女が魔力暴走を……」
公爵達のやり取りを聞き、王女の体に現れた聖印が目に入る。
あれは公女の体を焼きながら這っていた……。
「公女……あの聖印は……」
「聖獣達の主の座を簒奪した咎の刻印よ。
何をしても消えないわ。
けれど聖印でもあるからこそ、あの聖印を逆手に取って、悪魔を封じる事ができたの」
悪魔を、あの聖印で封じた?
どうやって?
「ワンワンワンワン!」
そう思った時、公女の腕に抱かれていたレジルスが、激しく吠えて、腕から逃れようと身をよじる。
「あらあら、駄目よ。
心配しなくとも、ここで死ぬ事はないわ」
「ヴゥ……」
公女の言葉てレジルスの動きこ止まり、しかし疑うように、不服そうにレジルスが唸る。
「ベリード公、ニルティ公、大丈夫。
ありがとう。
下がってて。
それより随分だね、スリアーダ」
呼吸を整えた王女が、公爵達を後方へ行くよう指示する。
「王妃と呼べ、ベルジャンヌ!
公爵達は王女を捕縛するどころか、何故助けようとしている?!
王女と共に、謀反を起こしたか!」
スリアーダは激昂し、座りこんで呆然自失状態の国王を捨て置いて、剣を握り直して立ち上がる。
そのまま王女へと走ると同時に、まずは再び、無数の炎刃を王女へと飛ばす。
王女は急所に当たらないよう、腕で庇い、あるいは避け、傷を最小限にしてスリアーダの前に躍り出る。
「このっ」
スリアーダは王女が魔法で対抗するでもなく、まさか刃も避けず、全力で自分に突進すると思わなかったらしい。
慌てて剣で斬りつけようとするも、王女のほうが上手だった。
恐らく王女は、かなり戦闘の場数を踏んでいる。
魔法を出さずとも、戦える玄人だ。
まずは大振りの一閃を躱し、剣を持つ手に上から踵落としで一撃。
スリアーダが剣を取り落とし、怯んで後ろに下がろうとした胸倉を、左手で掴む。
スリアーダの、がら空きになった腹部目掛け、腰も捻って威力を増した正拳突きを1発お見舞いした。
「ぐあっ……こ、の……離、せ」
呻きながらも、未だ己の胸倉を掴む王女の手を握り、炎で炙るスリアーダ。
「嫌」
「!!」
王女は短く拒否して、今度こそ的確に鳩尾を狙って拳を打った。
声にならない悲鳴を上げたスリアーダは、とうとう膝から崩れ落ちる。
だがそんなスリアーダを、王女が支えてやるはずがない。
「んああっ」
王女がスリアーダの胸元を蹴り上げ、向こうへ転がす。
肋骨が折れたんじゃないだろうか?
「思春期らしい、人生初の反抗期が大爆発ね」
「「……」」
清々しいほど、可愛らしい笑みを浮かべた公女は、人知れず王女に向かって、親指を立てた握り拳をグッと突き出した。
もちろん俺とレジルスは、何も見ていない。
あれだけ虐げられて、これが初めての反撃だったのかとだけ、思う事にした。
無言で震えている国王の横に転がったスリアーダも、黙ってしまった。
「君達の大事な息子は助けてあげる。
もしかすると使い物にならなくなるだろうけど、今後、傀儡は必要でしょう?」
公女に気を取られすぎたらしい。
そう言った王女へと再び視線をやれば、王女の姿はもう、どこにもなかった。
既に転移した後だった。