「王女!」
「ワン!」
俺とポチは転移した王女を無意識に呼んで、駆け出そうとした。
王女を助けなければ!
あんなにも酷い環境で、搾取され続けながら生きてきた王女だ!
俺の記憶と勘が確かなら、王女はきっと今日亡くなる!
あんなボロボロの体で、悪魔と対峙する為に転移したんだ!
今日がその日に決まっている!
ポチも公女の腕から抜け出そうと暴れる。
「駄目よ、ラルフ君、レジルス王子」
だがシャローナでは決して呼ばない呼び方をされて、俺達は動きを止める。
ああ……とうとう俺は、そしてレジルスも、課題をクリアしたんだ。
最後の課題は、もしかすると王女を行かせて、死なせる事か?
そんなのは……。
「嫌だ!
公女、行かせてくれ!
王女を助けたいんだ!
何でわかってて、死ぬのを黙っていなければ……」
そう言いながらシャローナの体を動かす、公女の表情を見て、口を噤む。
レジルスも同じだろう。
「……公女?」
思わず呟く。
何故なら公女は、困ったように、なのにどこか嬉しそうに、ただただ優しく微笑んでいたから。
「ベルジャンヌは、これから死ぬわ。
けれど……いえ、だからこそ、その後とても幸せな未来を生きるの」
「だが、死ぬんだろう」
「ええ。
死ななければ、あんなにも幸せだった未来を、家族の愛に包まれた一生を、決して手に入れられないから。
ベルジャンヌの魂は、死んで終わりではないのよ」
まるで公女自身が体験したかのように、確定した未来であるかのような口調。
家族の愛に包まれた一生?
ロブール家は、間違いなく違う。
兄のミハイルに妹への愛情はあるだろうが、他の家族に愛情は感じられない。
それに一生?
生まれて、亡くなったような言葉だ。
もしかすると公女は、2度か、それ以上に転生を繰り返している?
「だが……それでもベルジャンヌとして、せめてもっと……」
思わず涙が溢れる。
「クゥーン、クゥーン……」
ポチ、いや、レジルスもまた、公女の腕の中で項垂れて、涙を流す。
稀代の悪女だと思いこんでいた王女の真実は、あまりにも過酷で、酷い一生だ。
魔法だけじゃない。
あらゆる才能と有能さを搾取され、無才無能だと蔑まれた……とても短い一生。
そんな王女は死後も、俺が生まれて王女と同じ年になっても、何も知らない、知ろうともしなかった俺達に、稀代の悪女と濡れ衣を着せられ、罵倒され続ける王女。
感情表現が下手くそでも、家族に愛されなくとも、王女は他人を思いやり、他人の為の最善だけをひたすらに導きだしてきた。
「もっとベルジャンヌは……幸せに……なるべきだっ」
言葉に詰まる。
どうしてか、悔しい。
悔しくて泣いたのは初めてだ。
「ありがとう、ラルフ君」
「ごめん……ごめん、公女。
俺はずっと……ベルジャンヌ王女を稀代の悪女だとっ」
言葉が上手く続かない。
涙が止まらない。
そんな俺を、レジルスを抱えたまま、公女は抱き締める。
「大丈夫よ。
全ては過去の事。
決して変わらない出来事なの。
もしかすると未来も、過去と同じように決まっているかもしれない。
けれど些細な未来なら、変わる事もある。
これから先の未来を生きるあなた達に、ベルジャンヌだった私を知ったあなた達に、ベルジャンヌの生き様を誇って欲しいわ。
それだけで十分。
それだけで、ベルジャンヌの人生はまた1つ報われたと、ラビアンジェという、遠い未来の私は感じられる。
そう思えるくらい、ラルフ君の事が好きだもの」
「……へ?
す、き?
……好き?!」
公女の言葉で、顔が一気に熱くなった。
レジルスは、ギョッとして公女の顔を見ようと首を捻る。
俺達は共に、涙が止まっていた。
「あらあら、嫌だったかしら?」
「いや、あ、違っ、そうじゃなく、嫌なはずがないっ、が……」
「ふふふ、良かったわ。
ラルフ君の真っ直ぐで、頼りがいのある気性。
前世の旦那さんや孫に似ていて、可愛らしくてずっと大好きだったの」
「……旦那……ま、孫……」
思わず体を離して見た公女には、色恋など皆無。
むしろ慈しまれている……今は亡き祖母様そのもの……。
「ワフワフワフワフ!」
レジルスが、俺の事はどうなんだと犬鳴きする。
人の発音に近かったが、そろそろ犬から人へ変化するのか?
「もちろん、レジルス王子も孫のように想っているわ。
ふふふ、もう大丈夫ね。
私の真実の1つを、見つけてくれてありがとう。
先に帰って……待っていてくれるかしら?」
「…………ああ。
ああ……もちろん。
待っているから……必ず帰ってこい!」
「ワン!」
俺とレジルスは、最後に強く頷いた。
胸はまだ痛む。
公女の好き宣言で気が削がれても、即答だけはできなかった。
すると足下がグラリと揺れる感覚がして、意識が遠のくのを感じた。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
何だかんだと、気づけば四巻発売まで1ヶ月を切ってましたΣ(゜∀゜ノ)ノ
私の方の四巻関連作業は、恐らくもうないはず!
まだ表紙見てないという方!
これを機に是非!
美麗なラビ&ベルに仕上がってます(*´∀`*)