「邪魔する連中を直接素手で、完膚なきまでに殴り倒したんだ。
本当にお前は強い。
ああ、認めてやる。
お前はロベニア国の初代国王より強いよ」
内心、焦り始めた俺を知る由もないエビアスが、続ける。
王女が魔力を最小限にしか使用しないのは、恐らく聖印の力を抑える方に魔力を使っているからだ。
一応、騎士団長を務めるアッシェ公爵もろとも素手で殴り飛ばせたのは、王女が長年に渡り、暗殺者と対峙してきて実力が上がっていたから。
この国が王女に向け続けた殺意が、王女を強く育てたなんて、皮肉すぎだろう。
エビアスの腫れ上がった顔が、いつの間にか元に戻っていた。
それと同時に、エビアスの体から何本もの赤黒い触手が、服を突き破って生えてくる。
祝福を受けた王族にのみ現れる髪色に混ざる銀が、くすんでしまう。
王女を称賛するのは、エビアスじゃない。
間違いなく、悪魔だ。
いつの間にか王女から笑顔がなくなり、エビアスに冷えた視線を送っている。
「お前を殺すのと引き換えに、愚かな魂が堕ちきった。
あの裏切り者の聖獣が与えた祝福も、もう役に立たない。
俺の勝ちだ。
それに……良い物を見つけた」
漆黒の瞳が、ギョロリと俺を射抜く。
「ヒュシスの目が、こんな所にあったとはなあ!」
ゾクリと背筋に寒気が走った。
瞬間、エビアスの体から生えた触手が、目にも止まらぬ速さで俺を襲う。
瞬時に障壁を張るも、触手が触れた途端、パリンと音を立てて障壁が消える。
油断した!
この時代の悪魔は、俺が知る悪魔より強い!
横に転がって触手を避けながら、水刃をぶつけるも、触手なや当たった途端、吸収されてしまう。
まさか魔法を逆還元で魔力に戻して、吸収しているのか?!
触手が転がる俺の顔面、恐らく瞳を目がけて突き進む。
避けきれない!
そう思った時、シャローナが俺の腕を掴んで引き寄せる。
シャローナに触手が当たり……。
__ビシャッ、ビシャビシャッ。
弾けた触手の、何か黒いドロッとした液体を俺だけが被った。
ああ、祖母の護衛をしていたルカルドが言っていたな。
傍迷惑な守護魔法って。
この時、既に傍迷惑な守護魔法は、シャローナの中に健在だったのか。
ネバつく液体を清浄魔法で落とす。
「そこの女に、お前がかけた守護魔法か。
その魔法のせいで攫ったは良いが、眠らせるに止めたんだったな」
「眠らせた?
状態異常も防ぐはずなのに、よくできたね」
「エビアスと生徒会役員達、そしてその女の姉を使った。
1週間ほぼ眠らせずにいれば、勝手に眠る。
あとはその女の回りだけ、時間を止めて音も光も遮断すれば、数日は眠り続ける。
あとは内から外に向かう力に特化した強力な結界の中に閉じこめれば、お前の守護魔法がどう影響しようが、その女が暴れようが、監禁できる。
もっともその女は1週間以上眠っていた。
よっぽど寝汚いんだろう。
まさか閉じこめた城の隠し部屋の天井が、タイミング良く崩れて逃げ出すとはな。
結局、隠し部屋でまた寝ていたところを、後を追ったハディクが見つけて、連れてきた」
行方不明だと思っていたら、本人は普通に寝てただけって……。
「あらあら、そんな事もあるわ」
穏やかに、どこか微笑ましげにエビアスを見るシャローナ。
ん?
既視感?
妹が時折見せる、孫を見る時のお祖母様のような……。
しかも「あらあら」?
それにこの口調……。
「思春期ですもの。
うっかり寝すぎる事もあるわよ」
見つけた!
「お前、ラビアンジェ!
何でシャローナの中にいるのか知らんが、見つけたからな!
もう絶対、逃さん!」
弾けるような勢いで、逃がすまいと抱きしめた。
「まあまあ、やっとですのね。
お祖母様の中にいたのは、途中からお祖父様とお祖母様が、強制解除の魔法陣に血族ならではの干渉をなさったからですわ。
一番重要な事を見つけたのはお兄様ですが、私に気づくのも見つけるのも一番遅かったのもお兄様でしてよ」
「そ、そうなのか……それは……」
すまないと言いかけた時、眩い光に包まれた。
「でも実はお兄様だけ、もう一仕事残ってますのよ」
「待て、ラビアンジェ!
あと少しだけ……王女を、昔のお前が死ぬのを……」
「過去は過去。
ベルジャンヌが若くして死ぬ過去も、そしてこの次の幸せな生涯も、変わる事を望んでおりませんの。
元々なかった生きたいという欲が、お兄様達探索者の影響で生まれたとしても……喜ばしくもあり、困りもする誤算ね。
どうか乗り越えてちょうだいね、ベルジャンヌ」
眩い光の中で苦笑した妹は、光の向こうで時が止まったかのように動かない王女を振り返って、励ますように呟いた。
乗り越える……それは王女が生きたいと望みながら、死を選べという事じゃないのか?!
俺が、俺達が関わったから?!
待ってくれと叫ぼうとした時、眩さを増した光が俺の視界を完全に支配した。