月和といたはずの俺は、死者だけが訪れる事のできる輪廻の輪を眼前にして、月和との本当の出会いを思い出していた。
※※※※
「大丈夫ですか?」
そっと差し出された白い手には、ハンカチ。
ハンカチには白い彼岸花が刺繍されていた。
「……あー……ぅっぷ」
大丈夫ですと言いたかったけど、それどころじゃねえな、こりゃ。
……完っ全に、飲み過ぎだ。
学生の頃から長らく付き合って、そろそろ結婚しようと考えてた矢先の、彼女の浮気。
いや、前からちょっとずつ、怪しいなって思う事が増えてはいたんだよ。
そのせいで、しようと思ってたプロポーズを、ここ1年くらい先延ばしにしてた。
なんて不幸話を思い出して、吐き気と戦ってみてんだけど……駄目だ……吐く……。
思わずそのハンカチを奪うようにして、口元を覆う。
「そうだ」
不意に頭の上で、ガサゴソと鞄を漁るような音が聞こえた。
暫くすると、袋を手渡される。
「ここに吐いて。
ほら、いいから」
場所は駅を出た直後の階段。
そろそろ終電が出るから、俺達を慌てて素通りする人間が多い。
袋を握りしめて、それでもどっかで理性が働く。
いいって言われても、躊躇する。
だってこの袋は……。
「保冷バッグだから、すぐに液漏れなんてしないわ。
ここで床に吐き散らかすよりいいでしょう。
いいから、さっさと吐きなさい」
多分弁当入れとかに使ってんだろう。
何のキャラクターかさっぱりわからん……というか、キャラクターか、コレ?
何かのご当地キャラクターとかなら、まあわからなくもねえ奇怪な柄が刺繍された保冷バッグ。
それを俺の手からさっと奪い直して、顔にフィットされちまった。
そのままバシッと背中を軽くハタかれたら、もう止められない。
「ぅおえっ」
「そうそう、それでいいの。
ほら、全部吐いて。
我慢して、後から目も当てられない大惨事になるよりマシでしょう」
どこの世話焼きババアだと思うも、口調も背中をさする手つきは優しい。
正直、顔は全く見れてねえ。
声のかんじからすると、俺と同年代くらいか?
相手の事を確認してえ。
けどハンカチ握りしめて、袋にゲロっちまうのが止められねえ。
そんなに時間は経ってなかったと思うんだけど、どうなんだ?
所々、記憶が途切れてるような気もする。
スッキリしてきて、気が抜けたのもあったんだろう。
失恋、というか、長年付き合った恋人からの、最悪な裏切りが精神的にキツくて、連日寝てなかったのも悪かった。
「やべ……ねむい……」
「うおっ?!
トラ兄?!」
「あらあら、お知り合い?」
弟の声が聞こえて……どっか呑気な女の声がして……そっから……意識が……飛んだ。
で、起きたら玄関入ってすぐの廊下に転がってた。
布団が掛けられてあったから、弟がここまで運んでくれたんだろうな、とは理解した。
俺は筋肉質で比較的ガタイがデカくて重い。
対して弟は、見た目からしてインテリ系の体格だ。
玄関入った所まで運んでもらえただけで、有り難い。
「あー、あったま痛え」
とりあえず、布団を俺の布団に戻してから、人の気配がする台所まで行く。
思ってた通り、弟が朝飯の準備をしてくれてた。
「あんな性悪な元カノごときの浮気で、やけ酒なんてするからだよ」
弟よ、機嫌が悪いな。
兄ちゃんが悪かった。
「なあ、昨日、結局俺はどうなって家に帰ってきたんだ?」
「トラ兄……まさか覚えてないの?!
俺に電話したのは覚えてる?」
「あー、そこは覚えてる」
意識がやべえ、酒飲みすぎた、吐く、とか思いながら、飲み屋近くの電車に乗る前に、大学生の弟に電話した。
吐き気に堪えながら、何とか家の最寄り駅には辿り着いた。
で、改札口から出入り口の階段付近で蹲ったまでは、ハッキリ覚えてる。
誰か……女性に介抱されたような記憶はあるっちゃ、あった。
でも記憶はおぼろげ過ぎるし、頭がガンガンする。思い出すのも一苦労で、早々にギブアップだ。
「うわ、それ本当?
本当に覚えてるのそれだけ?」
「兄ちゃんだって、飲んでやさぐれたい時はあるんだ。
あ、そろそろ味噌汁できた?」
「もう!
ほら、シジミの味噌汁!
あんな元カノにやさぐれるなんて、次の彼女見つける前に、人を見る目を養ったら!」
「できの良い弟で、兄ちゃん嬉しいよ。
嫁に行かずに、このまま家にいてくれて良いからな」
なんて軽口を叩く俺達兄弟は、贔屓目に見ても仲が良いだろう。
ちなみに両親は既に他界。
5歳下の大学生の弟と、両親が残してくれたこの家で2人暮らしだ。
言葉からも解る通り、弟は元カノとはソリが合わなかった。
「ハイハイ。
それで、昨日の事だよね」
弟にあしらわれながら、シジミの身をちょいちょいたべながら、昨夜のやらかしが判明して……俺はとうとうテーブルに突っ伏してしまう。
もう絶対、やけ酒はしないでおこうと固く心に誓った。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
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そして4巻もオリジナルシーン追加や、加筆修正もしまくってます(*´艸`*)
※今回こそ今までで1番、読みやすい文章になっているはず!(当社比……いつも頑張ってはいるんです……)
WEBとはラストも変わり、ミハイルのツッコミも増し増しです!
影虎が!? ラビアンジェのやべえ姿が!? なんて珍事も起こるので、WEBを知っている方にも新鮮に楽しんでいただけるかと(*゜∀゜)
今回も続刊は売り上げ次第だったりするので、書籍版としての悪魔ジャビとの決着や、影虎が本格登場して区切りがつく(予定)の5巻へと繋げていただけると、とてもありがたいですm(_ _)m
よろしくお願いします!