__コンコン。
「すみません、長。
あの……」
内心、オルバンスが保管していたというベルジャンヌの肖像画は、誰がいつ描いたのかと首を捻っていた時、ノックがして、部屋の外から遠慮がちな声が投げかけられた。
月影の正体は性別も含めて、基本的に隠しているわ。
あえて人払いをし、ベルシュリーと2人きりでいたから、遠慮するのも当然ね。
「邪魔するぞ、ベルシュリー」
遠慮がちな声を遮ると同時に、無遠慮なしわがれた声がして、ドアが不躾に開く。
もう1人、別のお年寄りも連れ立って、許可なく入ってきた。
「……シーン族長、チャド族長」
ベルシュリーは、軽く咎めるような口調だから、予定外のお年寄りが2人、乱入してきたのね。
なるほど。
このお年寄り達は、リドゥール国三大部族である、シーン族とチャド族の長達。
ベルシュリーがそれぞれの名前を呼びながら、それぞれに顔を向けて呼んだお陰で、どちらが誰かわかったわ。
きっとわざとそうしてくれたのね。
気が利くオジサマ、素敵か!
嗄れた声のシーン族長は、ヒョロリとしているわ。
頭がツルリとしている。
チャド族長は、筋骨隆々なお年寄り。
髪は短髪で、元からなのか、加齢のせいかわからないけれど、真っ白。
「心配するな。
お前はそのまま外にいろ」
恐らくドアの向こうで、遠慮がちに声をかけたベルシュリーの部下は、オロオロしているのでしょうね。
部屋には絶対に入るなと命じていた部下に、ベルシュリーが軽く手を振り、自らドアを閉めに行く。
その間にも2人の族長達は私の対面に、テーブルを挟んで許可もなく座る。
「月影、2人は君の正体を明確には知らなかったが……」
「そうね?
今は認識阻害の魔法もかけていないし、確証を得たという事かしら。
さすがに私の髪色は目立つもの」
後から来た2人の長達は、私を厳しい目で見る。
ベルシュリーと違い、歓迎されているとはとても思えない。
「ふん、やはりな。
出来損ないと噂されるロブール公爵家の末娘が、月影だったか」
「あらあら。
はじめまして。
リュンヌォンブル商会より派遣された月影よ」
特に立ち上がる事もなく、筋骨隆々な方の長へと言葉だけの挨拶をする。
「平民の所作じゃな。
それは物を知らん、ロベニア国の公女故か。
それとも己がロベニア国では高い地位にあるからと、儂らを馬鹿にしておるのか」
「まあまあ。
今の私は月影として、フィルン族長に会いにきているわ。
基本的に正体は明かさず、デザインのみに専念するデザイナー。
それが月影であり、フィルン族長も同意して人払いをしてくれていた。
なのに突然、人が乱入してきたばかりか、挨拶も自己紹介もせず、乱入者が睨みつけてくる。
これでは対応に困るというものよ?」
言外に失礼なのは、そちらだろうとツルリな頭皮の長へ指摘し返す。
もちろん、どちらにも淑女らしい微笑みを投げておく。
「こちらがシーン族長。
そしてこちらがチャド族長だ。
月影。
我らが呼びつけておいて、すまなかった」
「ふん、デザイナーとして仕事を引き受けたんじゃろう。
なら月影の方が礼を尽くすべきじゃ」
「シーン族長。
彼女は月影としてここへ来ているし、条件つきとは言え我ら三大部族は、ロベニア国への留学者をリドゥール国より送り出すと決めたはず。
わかっているだろうが、月影は……」
私を睨む族長2人の間に、わざと割って入るベルシュリー。
族長達を紹介し、私への謝罪はもちろん、族長達へも注意していく。
イケオジ!?
好物よ!
帰ったらオジサマ推しの小説を書きたいわ!
思わずベルシュリーの勇姿に、うっとりとした目を向けてしまう。
ベルシュリーは祖父に似たのか、スラリとしながらも男性ならではの筋肉がついているの。
ベルジャンヌからすれば、異父弟!
つまり弟よ!
弟を推す姉になっても良いかしら!?
「月影、何故そんな狂気を感じる眼差しを……しかも興奮気味?」
「うふふ。
有り寄りな有りの考えに、ついうっかり支配されているだけよ」
ベルシュリーがそれとなく、腰掛けた椅子をテーブルから離したわ?
大部族の長なのだから、ここはズズイッと男らしく、いっそ私の隣にでも座ってくれて構わないのよ?