「ねえ、あなた達?」
「「何だ(何じゃ)」」
問いかければ、馬鹿にしたような目を向ける、初恋漫談に沸いていた族長達。
「先代のフィルン族長であるリュイェンが、ベルジャンヌ王女から、とある卵を預かっていたのを知っているかしら?」
「もちろんだ。
卵は比較的すぐに孵化した。
ピケルアーラという、黒蛇なのに体がキラキラした蛇型魔獣だ。
ピケルアーラを我がチャド族で、いや、俺の家族として預かりたい。
俺は何度もリュイェン殿に申し出た」
筋骨隆々族長が鷹揚に頷く。
「それは儂とて同じじゃ。
じゃがリュイェン殿は、王女から直々に預かったのだと言うて、手放してくれなんだ。
あんな美人な嫁を得ておいて、王女との絆も手放さんとは……」
昔の気持ちが蘇ったのかしら?
ツルリ族長がギロリとベルシュリーを睨んだわ。
ベルシュリーは、慣れているのね。
またか、と小さく呟く。
「親父は、ピケルアーラの意志を尊重していただけだ。
ピケルアーラが望めば、いつでも嫁に出すと言っていたが……」
「フィルン族長よ、皆まで言うな。
生まれたピケルアーラが面食い蛇だったのは、俺もシーン族長もわかっている」
筋骨隆々族長の方は、諦めたかのような表現で首を横に振りつつ、ベルシュリーの言葉を遮る。
それにしてもピケルアーラの話を持ち出したら、まさかこんな風に三者三様の反応を見せるなんて。
つい、顔が綻んでしまうわ。
だって彼らの中には、ピケルアーラへの愛情が滲み出ているもの。
ベルジャンヌだった私があの日、卵だったあなたをリュイェンに託すと決めた事は、間違いではなかったみたい。
『シュピー』
ふふふ、胸をなで下ろした私の気持ちが伝わったのかしら?
私にだけ聞こえる噴気音が、耳元で聞こえたわ。
けれどピケルアーラったら……やっぱり面食いだったのね?
思い当たる節があり、族長達の会話に口を挟まず静観する。
「ピケルアーラはリュイェン殿の顔が気に入って、常に腰に巻きついていた。
だが時折、食指を変えて違う腰にも巻きつく時はあった。
決まって見目のよい、爽やかな雰囲気の男ばかりのな」
「それでも諦めきれず、ならばと我が子を6人も作り、ピケルアーラに腰を乗り換えんかと持ちかけたのじゃがが……」
「そこにいるフィルン族長が生まれて、成人する頃には、ピケルアーラは主に巻きつく腰をフィルン族長に移し、更にその息子のルカルドへと移してしまった。
16人いる俺の子や孫も、ピケルアーラは気に入らなかったらしい」
「儂は、ひ孫も入れれば20人はおったのに……」
しゅんと項垂れる2人の族長達。
どうしましょう……不純な動機で大家族になったって事しか、頭に入ってこないわ?
けれどそろそろ話を軌道修正すべきよね。
「……そう。
なら、もしもピケルアーラがルカルドから、巻きつく腰をロベニア国の人間に乗り換えたなら?
チャド族とシーン族の老害になりつつあるそこの2人は口を噤んで、そろそろ次代の族長にその座を譲ってくれるかしら?」
「「老害だと(じゃと)?!」」
「そうよ。
少なくともリドゥール国は、そろそろ方針転換しなければ、何十年も前と同じく国力を落とすわよ?」
「はあっ?!
小娘、身の程知らずも大概にせんか!」
「王女とピケルアーラを引き離した元凶が、ロベニア国だ。
ピケルアーラが許すはずがない。
それにピケルアーラが腰を乗り換えた事と、次の代に族長を譲る事は別の話だ。
そもそもまだ次の族長だと認められそうな者もいない」
「そうじゃ!
次代はな、王女を稀代の悪女呼ばわりする国なんぞと交流して、リドゥールを発展させたいと意味のわからん理屈をこねる者ばかりじゃ!」
「王女を未だに稀代の悪女と呼ぶロベニア国から、何を学ぶ?
性根の悪さか?」
私の言葉に激昂するツルリ族長と、激しい怒りを滲ませながら嘲る筋骨隆々族長。
対してベルシュリーは終始無言。
僅かに眉根を寄せ、私の背後をじっと見ていた。