「ラビアンジェ嬢、1つ聞きたい」
「何かしら?」
渋いお顔で何度か深呼吸をしたベルシュリーが、改めて私と向き合う。
ベルシュリーに巻つくピケルアーラも、静かに次の言葉を待っている。
「ベルジャンヌ王女は最期、契約聖獣キャスケットに返ってくると告げたと聞いている」
「そう。
誰かが話したのね」
「ああ、シャローナ=チェリア、いや、ロブール夫人と呼ぶべきか。
儂の親父、リュイェンは王女の死後、ロベニア国が公表した王女の亡くなり方が信じられなかった。
王女の死後、真相を確かめに1度だけロベニア国を訪れたのだ。
祖父のロウ、いや、ロウビルも連れて」
「ベルジャンヌの最期を知る人の中で所在が明らか。
かつ、唯一、あなたのお祖父様が話を聞けそうだったのが、お祖母様だったからかしら」
初耳だけれど、当時の状況を考えれば仕方ない。
ロベニア国の聖獣は、王族と四大公爵家を見放したのだもの。
何より、ベルジャンヌは最強の魔法師。
国防の要とも言えた。
そんなベルジャンヌに恩を感じていたリュイェンは、元流民。
それも仲間共々、ロベニア国にいる間、迫害されていたのだから、恨みもあったはず。
ベルジャンヌが死ぬ頃には、リドゥール国も立ち直る道筋が見えていた。
確かリドゥール国が製造販売するエナDは、国内外からの需要も高まっていた頃よ、
周辺国と共謀すれば、ロベニア国は存続の危機に陥っていたでしょうね。
そもそも死ぬ間際、ベルジャンヌだった私はシャローナも含め、誰にも口止めしていなかったもの。
「ラビアンジェ嬢の瞳、そして聖獣となったピケの姿を直接見るまでは、王女が自分の死後、ロベニア国を憂いて遺した言葉だと思っていた」
「そう。
やはりあなたのお祖父様は、ベルジャンヌの最期の言葉で、ロベニア国を静観する事を選んだのね」
「ああ、そうだ。
祖父はベルジャンヌ王女の事を、嘘の吐けない性格だと言っていた。
不確かな事を口にするのも厭うと。
ピケも祖父の言葉を信じていてな。
王女といつか会うから、その時は聖獣にしてもらうと言っていたんだ」
「ふふふ、そうだったのね」
「うん!
ずっとベルジャンヌに会いたかったし、会えるって思ってたの!」
力強く頷くピケルアーラの、なんて可愛らしいこと!
ラグちゃんとおそろいの鬣に顔を埋めて、スンスンと……。
「ラビアンジェ、顔が……」
「ありあら、ついうっかり」
おかしいわ?
私の方を見て、ビクッと体を揺らしたピケルアーラが、ベルシュリーの体を更に一巻きした?
「う……ピケ……少し締める力が……」
「はわっ、ついうっかり!」
まあまあ、ベルシュリーが苦情を……それなら私が代わりに巻きつかれるのよ?
隙あらばスンスンしちゃうかもしれないけれど。
「んんっ、ゴホン。
ラビアンジェ嬢よ。
ロベニア国が今も王女を貶める現状に、何も感じないのか?
もし王女が、いや、ラビアンジェ嬢が望むなら、リドゥール国へ移住しないか?
ロベニア国の周辺国に働きかければ、王女の汚名をそそぎ、ロベニア国に制裁を与えることもできる。
儂ら三大部族は、いつでもラビアンジェ嬢の力になると約束する」
何だかわざとらしい咳払いに、とっても響きの良い言葉ね。
「悔しくはないか?
ラビアンジェ嬢が、あえてロベニア国内で魔法師としての実力を隠している部分もあるだろう。
無才無能な公女と揶揄されているのも、自ら望んでいるからだろうし、自業自得とも言える。
それでも儂が報告を受けている、ロベニア国王立学園での扱いは、目にあま……」
「……ふっ、ふふふ」
なおも続けるベルシュリーの話に、思わず笑ってしまう。
「ラビアンジェ嬢?」
「まあまあ、ついうっかり。
ねえ、ベルシュリー。
あなたの狙いは、残念だけれど叶わないわよ?」
「……狙いとは?」
「あらあら。
わからないと思っているのなら、やっぱりあなたも私をロベニア国で噂の通りの公女としか見ていないのでしょうね」
一瞬、真顔になったベルシュリーに、淑女の微笑みを浮かべてそう答えた。