「まず、あなたは筋骨、んんっ」
筋骨?
そうくるなら、筋骨隆々だろうか?
「チャド族長とツル、んんっ」
ツル?
ツルッと?
ツルリン?
先にチャド族長ときたなら、これ、シーン族長の事じゃ……。
「シーン族長。
ああ、代替わりしたから前の族長の事よ。
あなたはこの2人を頼りにしていたのね」
ラビアンジェ嬢が貴族らしい、感情のこもらない微笑みを浮かべたまま、儂の狙いが何なのか話し始めた。
内心、ドキリとしたものの、途中で言い直している何かが、妙に気になって頭に入ってこない。
儂も無意識に、前の族長達を関連付けて考えていたが……。
『ラビアンジェは、シュリーに壁作ったよ?』
不意に、儂に巻きついたピケが念話で伝えてくる。
聖獣に昇華したピケは、外見こそ変わったが、人に近いレベルで空気を読むところは変わらない。
恐らくピケは儂を家族として認めてくれるからこそ、契約したラビアンジェ嬢に黙って儂に伝えてきている。
壁か……つい今しがたドキリとした、どちらかと言うと嫌な方の予感が働いた事を思い出す。
同時に、小うるさい爺ではあった。
あったのだが、それでも祖父のリュイェンと共に、チャド族とシーン族、それぞれの部族をまとめ、三大部族として、国の再建に尽力した族長達だったのだと苦笑してしまう。
儂はあの2人を精神的に頼っていたのだろう。
そしてこれからは最年長の族長として、逆に頼られる存在とならねばならん事に、プレッシャーを感じておったのだ。
まずはそこをラビアンジェ嬢に看破されたという事か。
更には、儂の小賢しい思惑も……。
ただの17才の小娘ならば、儂が密かに抱いた思惑に気づくはずがないと否定しただろう。
だが眉唾な話だと思っていた、ベルジャンヌ王女の帰還。
ピケとラビアンジェ嬢の反応から、ラビアンジェ嬢の中に王女は帰還したと確信している。
ラビアンジェ嬢は、ベルジャンヌ王女の生まれ変わり。
もしくはベルジャンヌ王女の記憶の大半を有しているに違いない。
「だから頼りにしていた族長達が退いた事で、私が本当は魔法師として優秀な事も、更にベルジャンヌの知識を未だに有している事も見越して、リドゥール国へ取りこみたくなった。
表向きはベルジャンヌに同情した体を取り、ロベニア国を悪者にする事で。
けれどね、ベルシュリー」
ああ、やはりラビアンジェ嬢は気づいている。
儂は悪手を取り、ラビアンジェ嬢に壁を作らせてしまった。
「今も昔も、私もベルジャンヌも、周りからの評価に興味がないの。
第一、ベルジャンヌが何を望んで、何を望んでいないのか、あなた達は知っていると言える?
少なくとも現ロベニア国王であるジルガリムは、ベルジャンヌの意志を見誤ってはいなかった。
何より、あなた達はベルジャンヌと当時の王族を分けて考えているけれど、そもそも当時の流民達を無償で助けたのは、ロベニア国の王女だった事に、見て見ぬふりをしているわ。
そちらの方が、他国にとって都合が良かったからよ」
「それは……」
「それくらい、他国からすれば圧倒的な力を持つ聖獣も、魔法大国であるロベニア国も脅威だった。
更にベルジャンヌがロベニア国に貢献した事で、国力そのものも他国に比べて高かったものね。
だからこそ、ベルジャンヌに与えられた恩という都合の良い言葉をスローガンに、ロベニア国に干渉する隙を作ってきたんじゃないかしら」
ラビアンジェ嬢の言葉が、儂の良心を突き刺していく。
やはり見透かされていた。
「その上、今のロベニア国周辺国諸国は時間の経過と共に、ベルジャンヌを知らない人間の方が多くなっている。
その分、ロベニア国がいつ、他国からの干渉を拒絶するかもわからない。
だって前の族長達のように、ベルジャンヌと直接関わったり、流民達への迫害のような、当時のロベニア国が何らかの損害を与えた世代がいなくなってきたもの。
ロベニア国へ感情に訴えた権利を持たない人間の干渉を、外国であるロベニア国がいつまでも受け入れるとは思えないでしょう。
ロベニア国としては、そもそも損害に対する補償もして、干渉もさせてきたのだから、徐々に他国の越権行為だと言い始める事は間違いない。
ベルジャンヌを稀代の悪女ではなく、真相をロベニア国民に伝えて、王家と四大公爵家の過ちを正せ?
ふふふ」
ラビアンジェ嬢は1度話を止め、笑う。
密かに感じるのは、圧。
図星を刺されたのもあるが、決して口を挟めない圧を放っていた。