「この部屋にはないようだ」
隠し部屋に入った私達2人は、埃を被った執務机や棚を漁った。
しかし先代教皇が使っていたと思しきガラクタ以外、何も出てこない。
最終確認に、ミハイルが再び瞳の力を使ったが、やはり見つからなかったようだ。
とは言え、狭い部屋だ。
確認するのに、そう時間はかからなかった。
この場所は、私が教皇となる前から在る建物だ。
老朽化したからと、ベルジャンヌ様が存命中に先代教皇が廃殿にした。
姫様亡き後、私は復讐心から教会に入信した。
神など崇めはしない。
私自らの手で、この国を終わらせてやる。
そんな決意を胸に、まずは見習い神官、次いで神官の中でも上位、そして次期教皇の座へと実力でのし上がった。
次期教皇ともなれば、教会内に眠る禁術の数々にも気づく。
何よりあの頃は、悪魔も私とつかず離れずの距離にいて、姫様を復活させられるかもしれない、一縷の望みを見出した。
最後にはジャビに唆されるまま、ジャビの力を取りこんで、増大させた魅了の力を先代教皇に使って、過去最短で教皇の地位まで駆け上った。
「私の、ラビ様が他ならぬ、私に、探して欲しいとお願いされたヒュシスの欠片……どんな形態をしているのか、そろそろ教えていただけますか。
後は私に任せて、お忙しい公子はお帰りいただいて構いませんよ」
だとすれば後は、ラビ様に教えてもらった隠し通路しか残っていない。
そう考えて、ミハイルに帰宅を促す。
そもそもラビ様は私に頼み事をしたのだから、ミハイルは邪魔だ。
手柄は私1人だけのもの。
ラビ様に褒められ、何なら男として見直されたい。
そもそもラビ様は隠し通路に入る為の合言葉を、ミハイルに伝えていなかったらしい。
もちろん私も、姫様が、私に、直々に、教えてくれた事を、たかがラビ様の兄などに教えてやるつもりはない。
姫様の侍女だった頃の記憶が変わり、ミハイルがどんな人間性を備えているかは、以前よりわかっている。
祖父のソビエッシュと違い、思っていたより人間味があり、義理堅い。
四大公爵家の次期当主としては、リリだった頃の記憶が変わった事も手伝い、ついうっかりと心配してしまうくらい、お人好しかもしれない。
しかし、お前の去年の初め頃までのラビ様への態度も、私は知っている。
ミハイルは義妹だったシエナから唆されるまま、実妹であるラビ様へキツく当たってきた。
私自身、ラビ様が姫様だとハッキリ認めるまでは、ラビ様の瞳を狙っていた。
正直、ミハイルの事を責められる資格などない。
教皇となった私は、魅了の毒牙にかけた先代教皇を、病死に見せかけて表舞台から消した。
代々の教皇達が隠し、恐らく意図的に増やした禁術の数々を見つけ、当然のように奴を実験台にした。
やがて姫様を復活させるべく、奴が貯めこんでいた隠し金を湯水のように使って、キメラ実験を始めた。
奴が「もう殺してくれ」と懇願してくる度、笑い転げそうになった。
潜伏している凶悪犯罪を犯した罪人を、幾人も見つけては、実験台にした。
姫様が死して何十年も経っているのに尚、稀代の悪女と呼ぶロブール国の人間が、どれだけ苦しんでも罪の意識は芽生えなかった。
それでも姫様の件を除けば、罪を犯していない人間に手は出していない。
ギリギリのところで踏み止まっていたのは、姫様が復活した時、隣に立っていたかったからだ。
さすがにその一線を超えれば、姫様は許してくれないと本能的に感じていたんだろう。
実験は成功目前。
姫様の美しい外見も再現し、ジャビから渡された銀の混ざる白桃色の頭髪も、培養して増やせる見込みを立てていた。
そして最後に、ラビ様の姫様と同じ瞳を狙ったのだ。
そう、自分が仕出かした事が、どれほど罪深いかわかっている。
実験台にした人間達には、何も思わない。
それくらい自分が壊れていると自覚はしている。
それでも姫様の生まれ変わりを狙った自分は、未だに許していない。
だからミハイルを責める資格などないと、わかっているが、それはそれ、これはこれというやつだ。
なんて考えていれば……。
「私の、妹が自分から、私に、頼んできたのだ。
兄として時間を割くのに、何ら問題はない。
教皇こそ、忙しいだろう。
隠し通路の事は聞いている。
私に合言葉を教えて、執務に戻ってはどうだ?」
ミハイルめ。
しれっと対抗してきたな。