「ロブール公子がお帰りになりました」
日が傾いた頃。
ミハイルを見送らせた上位司祭の1人、ナックスが報告に来た。
「そうですか」
「ロブール公子は何故、教会に?
それに公子が手にしていた包み。
まさかとは思いますが、ロブール公子もとうとう、我が教会が布教する百合朗読本の信者に……」
「違います」
ナックスの言葉を食い気味に遮る。
ナックスよ。
何でも朗読会に結びつけて考えるのヤメロ。
ついでにミハイルの入信を確信したかのような、したり顔もヤメロ。
ミハイルが手にしていた包みは、普通にラビ様への貢ぎ物だ。
そもそも我が教会の信者になるならまだしも、朗読本の信者と発言するのは、語弊がありまくりだろう。
しかも何で百合に限定した。
ナックスの言う朗読本とは、百合の他にも2パターンある。
表紙で語る内容のパターンを変えており、百合の他なら薔薇か、そうでない花を模した表紙となっている。
百合も合わせると3パターンに、ザックリだが種別している。
ちなみに教会の朗読会は少人数制だが、参加希望者が増えに増えてしまった。
何なら参加チケットの争奪戦も起きているし、ラビ様いわく【転売ヤー】なる者達が、参加券を不当な金額に釣り上げて売りつける事案も発生している。
本来の布教とは明らかに形態が変わってしまい、朗読会そのものを中止しようかと思った事もある。
しかし……寄付金の金額がかなり増えたのだった。
正直、教会の運営には金もかか……いや、何でもない。
今は寄付金を元に、教会内で大人数を収容できる建物を造り、そこで朗読会を行う案が浮上している。
「ナックス。
次の朗読会用の表紙を彩る切り絵を仕上げたいので、退室して……」
「次は百合の表紙でしたね!
失礼致しました!」
皆まで言う前に、ナックスは意気揚々と退室した。
軽やかな足音が遠ざかり、ため息を1つこぼして椅子に深く腰掛け直す。
来週には、ラビ様がリドゥール国から帰国する。
その時ミハイルを介してではあるが、ラビ様が所望したアレを手にしたラビ様が、私を思い出していただけるだろうか。
そんな風に考えると、自然に顔が綻んでいく。
同時にふと、変わってしまった記憶を思い出してしまった。
姫様が白灰となった日。
塔で花火を打ち上げた後、ミハイルが塔から去って暫くした時だ。
『リリ』
私の目の前に、姫様が現れた。
幻影魔法であって、実体はなかったが。
変わった記憶の中の姫様もまた、左側の髪が肩の辺りからバッサリと切れていた。
その上、服も裂けたり切れたり、焦げた箇所もあった。
『姫様……姫様、怪我を?!』
『ううん、もうしてない』
『もう?!
怪我をしてたんじゃないですか!
一体、どうして?!
スリアーダですか?!
あの女ぁ!』
こんな風に姫様を傷つける人物も、あえて姫様が傷を受けてやる人物も限られている。
目の前が怒りで、真っ赤に染まったかのような感覚がした。
『リリ、落ち着いて。
ここに来たのは、リリに伝えたい事が……ううん、伝えないといけない事があったからなんだ』
『伝えたい、事?』
『うん。
伝えないと、私は後から後悔する気がした。
でも今は転移でそっちに行く時間も、割ける魔力もないから、幻覚魔法を遠隔で操作してる』
『時間がないから、ちゃんと聞いて』
私は魔力量が多い。
そのせいか勘が良かったりする。
この時の私は、淡々と話す姫様に、何かを覚悟したかのような口調の姫様に、次第に嫌な予感を覚えていった。
『姫様……変ですよ?
まるで……もう、いなくなるみたいに……』
『リリ、待っていて。
必ず、また会えるから』
『姫……』
『またね、リリ』
言うだけ言って、姫様がフッと消えた。
焦燥感に駆られるまま、慌てて駆け出した。
古い記憶にはなかった、塔から会場までを駆ける記憶。
王族が参加する後夜祭の警備の関係で、決められたルートと各所にある鍵の解錠に時間を取られて……。
会場に辿り着いた後は、元の記憶と同じ。
姫様は白灰となり、亡くなった。
けれど新たな記憶では、幻覚だったとしても、姫様に別れの言葉と未来への希望を貰えた。
なにより、新旧の記憶を併せ持つ私は、確かに姫様の心に私が居たのだと思えた。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
新しい記憶ができる前までのリリが、ベルジャンヌに対して何を感じていたのか、そして転生したラビアンジェが、リリをどう思っていたのか。
気になられた方は、No.395、No.396をご覧下さい。