『リリ、待っていて。
必ずまた会えるから』
姫様の幻影が私の為だけに紡いだ、短い言葉。
変わる前と後で、私の置いていかれたという気持ちは、幾らか和らいだ。
置いていかれたに変わったのだ。
一緒に死のうと言って貰えなかった事は、残念だったけれど。
だからと言って、姫様の気持ちを知っても、自分は結局、姫様を求めて禁術に手を出している。
ただ……古い記憶のように、姫様に裏切られた気持ちは変わり、会いたくて仕方なかかった気持ちから、手を出していた。
もちろん更に心の根底にある、私から姫様を奪った人間達が、憎くて仕方なかった事は覆らなかったけれど。
そう、あの時までは……。
学園祭当日、ジャビが引き起こした事件。
ラビ様がどうやって丸く収めたのか、具体的には聞いていない。
しかし徐々に変わっていく過去の記憶に、ミハイルと黒犬、ラビ様のチームメイトが登場した事から、何をしたのかわからないまでも、過去に干渉した事を察するより他、なかった。
当然、結界の外で亡くなり、黒蛇に丸呑みされた国王が、まさか生き返ってくるだなどと、全くの予想外。
結界の外に非難していた者達の話から、国王以外にも死者が出ていたはずだった。
なのに事件が終わってみれば、死者は0。
国王も含め、死んだと思われた者達は、怪我すらしていない状態。
まあ、今はその事を記憶している者は、私を含めて国の中枢を担う、ごく少数しか覚えていないが。
何故なら事件の後、死者が蘇ったと歓喜する者達も、元死者だった者達も含めて、強制的に一箇所へと集められた。
ラビ様の無事な姿を確認したいと抵抗した私も結局、現れたアッシェ騎士団長に連行された。
そこに闇属性の魔力が豊富な聖獣ドラゴレナが現れ、その場にいる者達の記憶を書き換え、事件の核心部分を隠蔽したのだ。
私は最恐の護衛のお陰か、親友の図らいかわからないが、記憶はしっかり残っている。
ラビ様と聖獣契約を結ぶ、藍色に金が散った瞳をした親友が介入した事で、ラビ様が事件の隠蔽を望んだ事、そしてラビ様の生存を察した私は、仕方なく教会へ戻った。
もちろん翌日にはラビ様がいるだろう、ロブール邸へ突撃訪問するつもりしかなかった。
最後に見た親友の瞳は、ラビ様の瞳の色。
だからラビ様は生きている。
しかしラビ様との別れ際に見た、華奢な体に走っていた白銀の聖印。
アレは姫様を白灰に変えた元凶と同じだった。
一夜だけでも待たねばならない状況に、深夜になっても寝られるはずがない。
あの日ほど、無心でハイヨに破廉恥本を読み聞かせた日もなかっただろう。
いつも通り、ハイヨが満足気に眠りにつこうとした時だ。
私の寝室のドアが静かに、眠っていれば聞き逃してしまうくらい控え目にノックされた。
『何事で……え……』
ドアを開けた私は、思わず戸惑いの声を漏らしてしまう。
当然だ。
ドアの向こうにいたのは……。
『遅くにごめんなさいね』
静かに微笑みながらも、申し訳なげな顔をして立つ……ラビ様だったのだから。
『ラビ、様……ご無事で……良かった……本当に……あ、聖印は!?
ラビ様、あの聖印は何です…………え……え?!』
ラビ様の無事な姿に安堵したものの、すぐに聖印を思い出した私は、ラビ様に詰め寄ろうとし、しかし一瞬で頭が真っ白になった。
ラビ様に……抱きつかれたのだ!
それも深夜だ!
深夜に若い姫様、いや、ラビ様が私の寝室に来て、ギュッと抱きついて、抱き締めてきたのだ!
どういう事、いや、どんな意味だ?!
まさか……まさか、ラビ様は私に夜ば……。
なんていう、不埒な考えが頭をよぎりかけた時。
『ただいま、リリ。
やっと言えたわ。
あなたは今も、私にとって可愛い妹のような存在よ。
長い間、待たせてごめんなさいね。
それから最初の時に、待っていてと伝えられなかった事も、ごめんなさい』
こうして姫様と別れてから数十年間。
新旧の記憶を入れれば、もっと長く感じる期間、私の中で燻り続けたやるせなく、満たされなかった想いは、満たされた。
ラビ様の言った最初の時。
コレは恐らく、新たな記憶が出来上がる前の時間軸を指しているのだと思う。
どうせなら、姫様が死ぬ過去を変えて欲しかった。
けれどあの時の姫様が__ラビ様かもしれないが、変えたいと思ってくれた過去の、少なくとも1つに私へ伝える言葉があったのなら……。
「私は……姫様にとって捨て置ける存在ではなかった……」
想いを形にして発する。
もう、何度目かわからない。
口にする度、安堵と嬉しさが胸に広がる。
「これからは妹ではなく、頼りになる兄として……願わくば、男性として人生のパートナーに……」
以前は邪だからと律していた、ラビ様への渇望。
今後は欲を満たしていくと、こっそり心に誓っている。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
これにて一旦、教皇視点は終わりです。