『とにかく。
その時に大火傷を負っていたあなたの髪。
大半は黒く縮れていましたが、比較的無事な部分の髪は、太陽に赤く煌めいていました。
この時はまだ、珍しい髪色の、死にかけた平民の子供、という認識しかなく、時間と共に忘れていた。
そして諸事情から、国王と婚姻を結ぶ以前に、長らく婚約者でいた相手と、婚約破棄する材料を探していた時、たまたま思い出したのです。
あなたを調べた時には、既にその髪色になっていた。
むしろ、だからこそ疑問が確信に変わった、とでも言うべきでしょう。
ところで前アッシェ夫人が亡くなった死因。
あなたは知っていますか』
思わず息を飲んだ。
あの女を焼き殺したのは、他ならぬ儂じゃったのだから。
『火傷です。
夫人は自ら、ある母子を殺害しようとし、返り討ちに遭った。
この事は、四大公爵家の嫡子として情報を得ていました。
あなたには耳が痛い話かもしれませんが、夫人が平民を殺害するだけなら、問題なかった』
『問題ない、だと?!
人の母親を甚振って、殺しておいて?!』
王妃だろうと、殺意に満ちた眼差しを向けずにはいられなかった。
しかし王妃は不敬だと咎める事もなく、しかし儂に悪いと思う事もなく、悪意もなく、ただ淡々と話す。
『ええ。
身分社会の中でも、アッシェ公爵夫人とは、そういう身分なのです。
無惨な所業を知れば、倫理観を問われる事はあったかもしれません。
しかし夫人が何かしら理由をつけてしまえば、幾らでも言い逃れできる。
そんな立場にあるのが、四大公爵家の夫人という身分です。
しかしそんな上位の身分を持ち、元侯爵令嬢だった夫人が、たかが平民に殺された』
『……罰しに来たってわけか』
高い身分の貴族を殺した。
だから儂は殺される。
儂は王妃の言葉を、そんな風に取った。
『いいえ。
ああ、警戒しなくても良いのですよ。
夫人の立場で、そんな事が表沙汰になるなら、それは夫人も含むアッシェ公爵家の恥となる。
だからあなたの罪は、無かった事になりました。
あなたの母君の死も、あなたの存在も、全て』
『くそっ……』
この時の儂は、自分の罪からは逃れられたという安堵より、遣る瀬無い気持ちに苛まれた。
儂の存在よりも、息子を守って死んだ母が、不憫で仕方なかった。
『夫人は息を引き取る前、息子のハディクに真実を告げています。
ハディクは、あなたを捜したそうですよ。
アッシェ公爵家に嫁げるだけの、魔力と魔法の使い手だったのが、ハディクの母親です。
そんな母親を殺した事で、ともすれば後継者たる資質を示した、あなたの亡き骸を見つけて安心する為です。
生きていれば、血が繋がった異母兄であろうと殺すつもりだったと言っていました。
しかしあなたは、アッシェ家当主の落とし胤は、見つかっていません。
なぜなら父親の前アッシェ公爵が、秘密裏に手を回したからです』
『つまり、無かった事にしたのはアッシェ家の当主だったって事か』
儂という存在を作った元凶に、憎しみが募る。
母が憎んでいなかったとしても、儂は父親を殺してやりたいと、切実に考えた。
『愛人ですらない女が、自分の落とし胤を育てていた。
そればかりか、正妻である夫人が、そんな母子の殺害を企てて失敗。
挙げ句、認知していなくとも、我が子が魔力暴走で夫人を巻きこみ、夫人が火膨れした体で死んだなど、四大公爵家の当主どころか、貴族としての恥だと考えたようです。
火属性の魔力暴走ですし、状況的に、子供もほぼ亡くなっていると、前公爵は判断していた。
次期当主である息子の余計な行動で、自身の名声に傷をつけたくなかったのでしょう』
殺意が膨らむ中、ふと、視力を取り戻してから程なくした日にした、ベルとの会話を思い出す。
『君の気質は、思いこみが激しいところが長所で、短所でもある』
『短所はわかるけど、何で長所になるんだ?』
『信じたら人でも事象でも、とことん一途に信じてしまうでしょ。
もし不自然さに気づいても、気づかないふりをする。
それからカッときやすい。
そんな時こそ、状況を冷静に見る癖をつけないと。
知恵が働く人間にとって、君みたいな人間は、むしろ扱いやすい。
魔力はかなり多い方だし、魔法の知識を得られれば、平民でも今より暮らしは楽になる。
けど、このまま君が地位を上げてしまえば、いつか良いように使われて、捨てられる可能性が高くなる』
『俺は……貧民街で生きてくだけだ』
ベルと話していた頃の儂は、2度と貴族と関わりたくなかった。
『そう。
でも魔力が多いだけでも、周りは放っておかない。
何より君には……』
『うるさいな!
年下のくせに、生意気だぞ!』
この時の儂は、ベルの言葉を遮った。
ベルは上を目指せと続けると思ったのじゃ。
じゃが王妃が言った通り、ベルが儂の髪と瞳の色を変えていたのだとすれば、ベルが続けようとした言葉は……。
【君にはアッシェの血が流れている】
ベルは、そう告げて、処世術を身に着けろと言いたかったのかもしれない。
そう思い至ると同時に、儂は結局、ベルにより生かされながら、儂に気づかせぬよう、しれっと時間をかけた教育を施されていた事に気づいた。