「私が父上から当主を引き継ぐ際、王家と四大公爵家が犯した罪と、ベルジャンヌ王女の真実を話されました。
当然、スリアーダと先々代のアッシェ家当主の罪についても、言及された」
「そうじゃな」
「父上がアッシェ公爵として血を残したのは……アッシェ公爵家を四大公爵家として存続させたのは、他国との関係や国内の世情により、国内外で紛争が起きないよう、四大公爵家を存続させ続ける必要があったからだと言われた」
「そうじゃ。
必要性を感じねば、儂はアッシェの血筋など滅びれば良いと本気で思っておった。
無論、儂自身も子をもうけるつもりもなかったしな」
「やはりそうでしたか。
それならば私も、心置きなくアッシェ家の立場を変える事ができます」
「どういう……いや、話す必要はない。
今の儂は、元平民の、しがない伯爵じゃからな。
アッシェ家前当主ですらない」
儂の言葉に、ダリオが僅かに視線を下に向け、表情を曇らせる。
しかし次の瞬間には、視線を上げ、はっきりと告げた。
「そうですね。
ですが今も、私にとっては父上です」
「……そうか。
ならば父として伝えよう。
好きに生きよ、ダリオ。
これからのロベニア国は、徐々に王家や四大公爵家の存在意義が問われ、いつかはわからぬが、お前の孫が育つ頃には、国の象徴たる家門がなくとも、国として存続できよう。
今の儂もまた、好きに生きておる」
そう、今の儂が好きに生きていられるのは、モニカ王妃に出会うより先に、ベルの教育があったからこそ。
儂が四大公爵家当主として在れたのは、モニカ王妃の助力があったから。
じゃがそれは、モニカ王妃の計略の内。
そもそも儂をアッシェ家当主に据えて、四大公爵家を存続させる目的があったからにすぎない。
しかし儂は、モニカ王妃が教育を施した元妻主導の元、アッシェ家当主として内政を行う傍ら、不正の蔓延る騎士団を正した。
これはベルが儂に施した、教育のお陰じゃ。
ベルは儂の実戦的な方の腕っぷしを鍛え、更に他者から足下をすくわれぬよう、頭脳的戦略を練る癖を叩き込んだ。
儂は儂の実父のせいで、金や爵位のみで上に登用されておった実力不足な者達を切り捨てた。
その上で、実力があっても上に上がれなかった者達を、正しく登用したが、慣習や金、貴族ならではの繋がりで固まった騎士団の再編成は、正直、骨が折れた。
ベルは儂に、ちょいちょい奇襲を仕掛けた。
何なら貧民街の仲間内で、幾つかの徒党を組ませて襲わせたりもした。
何人かで組んだ徒党で争わせながら信用を築き、更にベル自身が力技で儂も含め、いきがる徒党はボコボコにのしたりしながら、まともな仕事を斡旋して、生きる知恵と力を与えていた。
時に矛盾した行動を取るかに思えたベルの意図は、ここに繋がっていたのかと、この時になって初めて感謝した。
ベルが強欲な貴族に何かしら脅迫して、まともな仕事を孤児達に斡旋させる場へ、常に儂を連れておったのも、きっとベルなりの教育じゃったはず。
更には時折、儂を何かしらの計略に嵌めては、儂から食料を巻きあげ、んんっ。
強奪、んんっ。
受け取り、これ見よがしに目の前で食料を齧っていたのも、きっと……。
腹の虫を聞かせていたのも、同情心を逆手に取る戦略の実践じゃった……はず。
お陰で儂はモニカ王妃を含めた、時の権力者達の操り人形となるまでには至らずに済んだ。
そして本当はベルが創設者じゃった、平民の通う学校。
スリアーダとエビアスにより、ベルが功労者である事実をかすめ取られ、ベル亡き後、実は存続の危機に陥った。
これはソビエッシュ=ロブールと共に存続を維持し、かつ、貴族の不要な介入が2度とないようにした。
アッシェ家当主となり、権力を使役する立場となって良かったと思う、数少ない機会じゃった。
アッシェ家を去った後の儂は予定通り、元平民がアッシェ家とニルティ家両方の傍系である伯爵家に、養子入りした形で新たな戸籍を手にする。
馬車の中で初めて会い、儂を駒としか見ておらなんだモニカ王妃とその場で交渉し、破ればモニカ王妃の命を奪う魔法誓約を結べた。
当時の儂は貧民街に住む、身分が底辺の平民じゃ。
下手をすれば交渉しようと試みた時点で、首が飛んでいたじゃろう。
ベルから交渉術を学んでおった賜物と言えよう。
その上で実際にアッシェ家当主となった後、つまり後づけで、王家の後ろ盾で成り立つ、王立学園の学園長という座を手にするという魔法誓約も、モニカ王妃と結べたのじゃから、上出来というもの。
儂が学園長になった目的は、学園に王家が過剰に介入できぬようにする為。
そしていつかベルの汚名をそそぐ一助となり、開かれた国となるよう、後進である下の世代の意識を変える為。
下を育てねば、上も変わらんからな。
とは言え、王家をはじめとする高位貴族と癒着した教師を排除していくのは、骨が折れた。