『ニルティ公女、お願いがあるの』
私とブランジュの本当の関係は、ベルジャンヌ王女が亡くなった2週間後から、こんなブランジュの言葉で始まった。
場所は、当時ニルティ公女だった私の自室。
ドアは大破していたかしら。
ベルジャンヌ王女は、国葬されるべき救国の少女。
なのに弔いすらされなかったベルジャンヌ王女。
自分への不甲斐なさと、自分も含めたロベニア国への失意から、自室に引きこもり続けて2週間。
時折だけれど、初恋の少女が初めて見せた、エビアスを若者の言葉で言うならフルボッコにした時の、清々しくて可愛らしい笑顔を時折思い出しつつ、一人で喪服を纏って偲んでいたのに……。
私と同じく喪服を纏うブランジュは、同じく喪服姿の私の父親に案内されていた。
初めは、控えめなドアのノック。
もちろん返事なんてしない。
更にノックされ、次第に音と回数が増すけれど、無視。
そして最後は、ドアが外から内に向かって吹き飛んだ。
このまま餓死もいいわ、と思っていたのも忘れて、暫しの間、突然の暴挙に呆然としてしまった。
思い返せば、懐かしいわ。
けれど吹き飛んだドアと壁の破片で怪我をしていたら、どうするつもりだったのかしら。
公爵はブランジュと距離を取っていたから、犯人はブランジュだと察した。
『…………お久しぶり、ベリード公女。
随分と手荒い訪問ね。
今は誰かと話す気分ではないの。
手短にお願いできるかしら』
暫しの間の後、飲まず食わずでいた私は、かすれる声でそう言った。
魔力量が多いからか、2週間もの間、水すら口にしなくとも生きていられた。
けれど体は限界だと、声を出して初めて自覚した。
ブランジュを拒絶したい気持ちも、この時の私にはあった。
けれど何かを覚悟したような、少なくとも私の意を汲んで引き下がる事はないという気迫なような、そんな何かを感じて了と答える。
『もちろんよ。
公爵、2人きりにしてちょうだい』
公女とは比べようもない身分の父親は、非礼とも取れるブランジュの言い方。
なのに眉すら顰めず、むしろブランジュに一礼してから、無言でその場を去った。
ただ無為な時間を過ごした私と違い、ブランジュ=ベリードに何があったのか。
少なくともブランジュは、この2週間で何らかの立場を確立したと悟った。
『これからベルジャンヌ王女は、悪魔を呼び出した稀代の悪女になるわ』
『……そう。
この国は、王女が死んでからも貶めるのね』
いっそ白灰になった王女に追従して、自分の命を断とう。
そう思ったけれど、ブランジュが続けた言葉で、結局は思い止まった。
『私は王妃となり、この国の腐った根を切り落とすわ。
オルバンスもエビアスも、自分の父親を含めた今の四公家当主達も、絶対に許さない。
こんな腐りきった国なんて、滅びてしまえば良いと心から思っているわ。
それでも私は、王女が最期に聖獣と交わした約束を聞いてしまった。
それなら何があっても、いつか王女がこの国に戻って来た時、王女の願いも含めて叶えられるようにしたいの』
王女が最期に聖獣と交わした約束……。
__いつかこの国に戻って来るよ。
その時は私を見つけて。
次は穏やかに、何にも縛られずに、一生一緒に……笑って暮らしたいな。
だからそれまで、いつか私達が再会するこの国を護っていて。
お願い。__
体中に走る赤黒い呪印と、呪印を焼くように走る白銀の聖印。
きっと激痛を感じていたはず。
小さくて細い体は、絶えず震えていたから。
なのに王女の表情は、とても穏やかで、美しくて……だからこそ夢のように儚いと感じた。
ああ、私の初恋は消えるのね。
そんな風に確信した瞬間でもあった。
『その為にも、王女が帰ってくるはずのこの国に、今はまだロベニア王家の血が必要。
けれど私はどの虚け者とも、そういう意味での夜を共にする気はないの。
モニカ=ニルティ。
私は、あなたが元婚約者との未来に備え、何を研究していたか知っているわ』
一を聞いて、十を知る。
あの時の私は、ブランジュが何を言いたいのか一瞬で理解した。
同時に、この時の四公当主の内、少なくともアッシェ家以外の当主達は、ブランジュの計画を受け入れていると察した。
『ねえ、ベリード公女。
私も王妃として、あなたの1番近くに置いてくれない?
もちろん私の研究は、ほぼ完成しているわ。
後は、人体で実行するだけ』
私は、ニルティ家の血を色濃く継いでいる。
そんな私が、自分から王女を奪った人間達へ、最も容易く復讐できる機会を逃すはずがなかった。
一つお礼を!
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ありがとうございますm(_ _)m