『あの方の命日を選びましたのね』
『ええ』
ブランジュが生んだジルガリムが国王となり、2年も経たない晩冬のある朝。
私の言葉に頷いたブランジュは王太后に、私は先代王妃となっていた。
ブランジュは、二つの棺を見つめている。
隣に立つ私もまた、土を被り始めた棺を見つめる。
きっと私の視線は、ブランジュと同じ。
凍える殺意に満ちていただろうと、今でも思う。
国王を務めた者達の葬儀としては、あり得ない葬儀。
近しい身内だけの、簡素な葬儀だった。
棺に収められたのは、オルバンスとエビアス。
表向きは、自然死した父子が望んだ通りの葬儀としてある。
真実は当然ながら、自然死した下りからして違う。
父子の死因は、魔法を使えないエビアスがオルバンスを刺殺した末の、自死。
葬儀は、私とブランジュが決めた。
数々の罪を犯し、恐らく死ぬ瞬間まで自己弁明していただろう父子には、むしろ埋葬してもらえただけ感謝しろとすら思う。
倒れて息をしていない父子を、初めに発見したのはブランジュ。
恐らくブランジュがエビアスを仕向け、オルバンスはエビアスの刃を受け入れた。
そうでなければ幽閉状態のエビアスが、自らオルバンスが蟄居する隣の建物に入れるはずがない。
しかもオルバンスは、魔法も剣術も使える。
なのにオルバンスが抵抗した形跡は、一切なかった。
エビアスはオルバンスを刺した後、オルバンスの血に濡れた刃で、自らの喉元を切った。
状況から、エビアスは息を引き取るまで、長く苦しんだに違いない。
王となる前から精神を病んでいたエビアスだけれど、ずっと死を恐怖していた。
言い換えれば、生に執着していたとも言える。
そんなエビアスが、恐怖心を押して自刃?
考えられない。
エビアスが死に際、恐怖で歪んだ自分の顔を向けたのは、誰だったのか……。
だから私は葬儀の日、ブランジュに確認した。
ベルジャンヌ王女の命日を選んで、ブランジュが殺したのね、と。
ソフィニカが王妃となった日、ブランジュは聖獣キャスケットの毛を使って作られたペンダントを渡している。
私はその時から、いつかブランジュがこうするだろうと確信していた。
ペンダントは、生前の王女がブランジュに贈ったと聞いている。
だからこそブランジュにとって、ペンダントは殺意を抑えるアイテムだった。
もちろん私はブランジュを責めるつもりはないし、真相を明かせとも言わない。
できれば自分の手で、自分の初恋を奪った全ての男達を消してやりたかったと唯々、残念に思うくらいだ。
けれど……既に私は初恋を奪った決定的な元凶の1つを、得意な闇属性の魔法を使って葬っている。
そう、エビアスとオルバンスが死んだのと全く同じ方法で、私は先代アッシェ公爵とハディクを……。
もちろんアッシェ家の2人は、国王だった男達と違い、かなりの抵抗を見せた。
私のように闇属性の魔法に長けた人間でなければ、失敗している。
もちろんオルバンスとエビアスの死の真相は、ジルガリムですら気づいていないだろう。
もしかするとジルガリムは、オルバンスがエビアスを殺し、自死したと思っているかもしれない。
ジルガリムは私の初恋を知らないし、実母であるブランジュが、王女にどれだけ恩を感じていたかも知らない。
ブランジュは、王権が無駄に強かったあの頃、オルバンスが野放しにしたエビアスとスリアーダのせいで、王太子の婚約者でありながら軽んじられ続けた。
四大公爵家の公女でありながら、父親のベリード宰相は、まともにオルバンスへ抗議せず、どれだけ自尊心を傷つけられたか。
もちろん当主の誓いによる制約が在った事は、今ならブランジュも知っている。
だからと言って、許せるものでもないはず。
それでもブランジュは、王女に守られていたのだと言った。
ブランジュを守るように、王族との関わりが最低限で済むように、王女は王族達の悪意と関心をブランジュから逸らせていた。
ブランジュが王女に直接、そうする理由を尋ねた事があったらしい。
『どうせ王も王妃も王太子も、私に矛先をむけるんだ。
それなら君に向けられる矛先を、追加で私へ向けさせても、私の負担は大して変わらない。
私が魔法師として有益であるほど、彼らは私に執着と憎悪を向けるから、君が目立ちさえしなければ、結局は全て私に矛先を向けるだろうし。
それに、いつか王家が君へ向ける矛先は、完全になくなる。
まだ時期じゃないだけ。
そうなるまで、なるべく王家に関わらず、私とも距離を取って、目立たず過ごしてて。
ベリード宰相も、いつか君の為に動けるようになるから』
ブランジュに告げた言葉通り、王女は死と引き換えに、王家の牙を消滅させた。
宰相も、ブランジュが王妃になる事を強制していない。
ブランジュの意志で王妃となり、いつか王女がこの国に帰る日の為に、ロベニア国を整理してきた。
ブランジュがオルバンスとエビアスを葬ったのは、念願叶って、2人を用済みだと判断できたからでしょうね。
長かった。
王妃から退いた今でも、私達が共に王妃になると誓い合った日から、本当に……長かったと思う。
「そういえば、私達の小さな王女が言っていたわ」
肩の荷を1つ下ろした葬儀の時よりも、ずっと白くなった髪をしたブランジュが、何かを思い出したようにポツリと告げた。
物思いにふけって無言になっていたけれど、まだブランジュの私室にいたのだったと思い出し、微笑む。
「ジェシティナが?
けれどジェシティナは薔薇の方が好きみたいよ?」
確かジェシティナ第1王女は、百合派ではなく、薔薇派だった。
やっぱり百合の花を気持ちよく愛でるなら、エメアロルよね、と思いつつ聞き返す。
「ああ、違うの。
どの花が好みかではなく、最近、バルリーガ公爵令嬢が、ほら、あのロゴの作家と懇意にしていているって……」
「ブランジュ、詳しく話してちょうだい」
「食い気味ね……」
ブランジュは小さくぼやいてから、話し始めた。