「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたわ!」
バルリーガ嬢は、現状を正確に知っているのね。
未だに側妃という立場を剥奪されていないクリスタを、呼び捨てにしたもの。
対して、得意げな様子を見せた公女は、バルリーガ嬢の呼び捨てに微塵も反応しない。
テーブル横に設置していた籠から、バッグを取って立ち上がる。
「側妃は今、1つの体にたくさんの人格が住んでいるでしょう?
だから頑張りましたわ!
自己愛の権化たるアイドルA人格には、ライト付きコンパクトミラー!」
? ? ? ? ?
言葉の意味が飲みこめず、思考が停止ししてしまう。
そんな私の存在など知るはずもない公女。
バッグの中から何か取り出して……ああ、言葉そのままね。
コンパクトなミラーと、ミラーの周りにとても小さな光源が点々と配置されていた。
え?
何に使うの?
化粧の確認?
確かに光があれば、化粧の仕様をよく確認できそうね。
けれど光らせなくても、普通に確認できると思うわ?
気づけば、ブランジュと顔を見合わせていた。
私達の気持ちは、きっと同じだ。
「取り巻きBからX人格には、うちわ、メガホンに加えて、ペンライト、ハチマキ、タスキ!」
公女、テンションが高いわ。
以前ウォートンから贈られた、うちわとメガホン。
その他、初めて目にするグッズが、公女の口上と共に、1つ1つテーブルの上に並べられていく。
ペンライトを除き、他のグッズはピンク色をベースに、光を反射してキラキラ光っている。
無地だから、文字や絵を描けそうね?
とは言え初めて目にする品々も含め、側妃の多重人格とどう関連するのか、さっぱりわからない。
「ついでに、踊るオタ芸の御業に関する資料も提供しましたのよ!」
「オ、オタ……何て?」
戸惑うバルリーガ嬢の言葉に、満面の笑みの公女。
少し前まで貴族らしい表情だったのに……でもどことなく、ベルジャンヌ王女がエビアスを殴り飛ばした時に見せた笑みと似ている。
王女と血の繋がりがあるからかしら?
「オタ芸ですわ!
最近できた出版社は最近、とある伝を使って作られた、マンケンなる部門がありますの!
そこに所属予定の方々に、実力を見る為と称し、描き起こしていただいた資料でしてよ!」
「……そう。
んんっ」
バルリーガ嬢?
一瞬だけれど、公女の微笑みに見とれていなかった?
「公女、落ち着いて下さいな。
マンケンが何かは、聞かないでおきますわ」
気を取り直したような咳払いの後、バルリーガ嬢が静かに公女を宥める。
私もマンケンだなんて言葉は初めて聞いたわ。
造語かしら?
眉を顰めたブランジュも、視線は公女に釘づけよ。
あら?
ブランジュが僅かだけれど、目を大きくしたわ?
ハッ、そうよ。
どうして公女は、収監されているクリスタに会えたの?
クリスタは悪魔に関わり、精神に異常をきたしたからと、クリスタ自身はおろか、クリスタのいる牢にすら、誰も近づけないよう結界が施されていたはず。
なのに公女は、クリスタに会っていると言うの?
「あらあら、ついつい萌え盛るパッションで口を滑らせましたわ。
ふふふ、そうなさっていただけると助かりますわ。
今はまだマンケン部の人員編成は、試行錯誤中ですもの」
公女は、まるで自分が編成しているかのような口ぶりよ。
公女は、とにかく楽しそうだけれど、だからどうして公女がクリスタに会っているのよ?
ジルガリムは、この事を知って……いえ、知らないはずがないわ。
「……クリスタは、喜びまして?」
ふと、バルリーガ嬢が目を伏せて、公女に尋ねる。
彼女の瞳に見える感情は、僅かな憐れみかしら?
「ええ、とっても。
これ以上、側妃の中で人格が増えてしまう前にと、側妃は明後日には内密に、北の研究施設へ身柄を移されると聞きましたわ。
病を理由に、側妃の身分も返上させられるようでしてよ。
ですから餞別に差し上げましたの」
静かに告げる公女は、感情の昂ぶりを消し、静かに椅子へ腰かける。
公女の言葉で私もブランジュも、表情を引き締める。
私達すら知らない情報だった。
それも、重要な案件よ。
言い方は悪いけれど、何の力もない、何の役割も与えられていない、たかが公女が……どうして?