「側妃は、もう何も……苦痛も感じず、置かれた状況もわかってませんのよね?」
バルリーガ嬢は、極秘事項を知り得る公女の言葉が、どれほどありえないか理解していないのかしら?
ただ静かに目を伏せ、憂いた表情をする。
それが余計、公女が知っているのは当然だと、至極普通に受け入れているようにも見えてしまう。
「ええ、幸か不幸か」
公女の言葉に、バルリーガ嬢が僅かに表情を弛め、かと思えば、ふと表情を戻した。
表情を取り繕った、とでも言うべきかしら?
どうしてそんな表情の変化をさせたのか、わからない。
ブランジェもバルリーガ嬢をジッと観察しているから、同じだろう。
そんなバルリーガ嬢を見た公女は、優しく微笑みかける。
「側妃が何をしたのか、事実を知る人はそれなりにいましてよ。
今さら側妃に与えられる罰は、軽減する事もありませんわ。
全ての事実を知れば、責める者が増えても、減る事はないでしょうし。
ですからそんな人達の中で1人くらい、側妃の状況を憐れんであげても良いのではないかしら。
もしくは、これから側妃に与えられるだろう苦痛が、僅かでも軽減すればと願ったとしても、誰にも罰せられませんわ」
「ロブール公女……」
バルリーガ嬢が、どこか申し訳なげな表情になる。
クリスタを憐れむ心情を理解する事は、一生ない。
けれど経緯は掴んでいる。
所詮、ジルガリムへの恋慕に支配された女。
我欲を捨てられずに王家へ嫁ぎ、ソフィニカを妬んで自滅した。
確かに憐れと言えば、憐れなのかもしれない。
けれど憐れで片付けるには、やり過ぎた。
「特にバルリーガ嬢は、第2王子の調教、んんっ、躾、んんっ。
第2王子に怪我を負わされた責任を、本人に償ってもらっている最中。
第2王子の実母に対して、いくらかの情が湧くのも、人として当然でしてよ」
? ? ? ?
今、調教や躾と言わなかったかしら?
先ほどまでのしっとりした雰囲気が、破壊されたわ?
「やはりバルリーガ嬢が、あの小説の……」
ブランジュが口中で呟いたけれど、この至近距離。
バッチリ聞こえたわよ。
そうね、確か虎和入り小説には、調教や躾という、ちょっと大人な言葉が出てくるものね。
うちの侍女長の受け売りだけれど。
私も読んでみたいけれど、どうしてか侍女長が邪魔をするわ。
『モニカ様には、少し早いかと』
なんて毎回言われて、ブランジュを巻き込んで、断固として私の手元にロゴ入り小説が来ないわ。
どうしてよ?
確かに、男と閨を共にした事はないわ。
けれど何をするかはちゃんと知っているし、これでも出産も子育てもしたわ?
確かに王妃という立場上、常に関わるのは難しかったけれど……。
「もしかしてバルリーガ嬢の実体験を元に?
そうよね、だとしてトワの小説……そうよ、文章が似ているし……」
口から考察が漏れているわ、ブランジュ。
しかもトワの正体に、言及しているのよね?
きっと何十年という王妃生活で、ブランジュも私も、他者への観察眼は洗練されていった。
とは言え、まだ確信しきれずにいる。
何か違和感を覚えて……。
「ありがとうこざいます、公女。
それから……こちらの小説」
バルリーガ嬢が、頬を弛めて……あら、可愛い。
年相応の、柔らかな笑みを浮かべたわ。
礼を伝えると、流れる動作で足下に置いていた籠から、布に包んだ何か、いえ、小説と言ったわ。
小説を取り出してテーブルに置き、公女に差し出す。
公女が何かを包む布を、そっと広げた。
「あの小説は……」
ブランジュが喉をゴクリと鳴らした。
そう、あの虎和が入っているじゃない!
やっぱり!
少なくともバルリーガ嬢が、ロゴ入り小説の作者……。
「公女には、本当に感謝しかありませんわ。
この小説を読ませていただいたからこそ、諦めていたジョシュアを最善の方法で躾、いえ、責任を取らせる事で、受け入れられましたもの」
片手を頬に添えたバルリーガ嬢は、何を言ったのかしら?
一応、まだ王子であるジョシュアを呼び捨てにした事よりも、頬が紅潮して、どことなく艶放つ表情の方が気になるわ。