「公女……まさかヴァミリア様より先に、あの小説を……」
バルリーガ嬢が申し訳なげに、目を伏せて放った言葉に、確信する。
やはり飛び去ったのは、聖獣ヴァミリアだ。
「気になさらないで。
1番必要とする方を優先しただけ。
リアちゃんも、そこは理解してましてよ。
だって本当に気に入らなければ、私が製本した時点で、今みたいにバビュンと手に入れてますもの。
リアちゃん自身、第2王子には特別な魔法具を使ったお仕置き、んんっ、調教が必須と考えた。
その為に書いた、ある種の指南書のような小説だとお思いになって。
ああ、忘れるところでしたわ」
公女の言葉の数々に、不穏なパワーを感じるわ。
話の内容が、耳を通り抜けてしまいそう。
混乱しつつ、固唾を飲んで見守っていれば、公女が鞄から箱を取り出す。
「……まあ」
箱を開ける前から、バルリーガ嬢は中身を察したように、感激と喜色の笑みを浮かべる。
差し出された箱を、バルリーガ嬢が震える手で開けると……ここからはよく見えないわね?
あら?
私と同じく無言だったブランジュが、魔法で目の機能を強化した気配がする?
身体強化の一種だけれど、瞳の強化は調節が難しい。
繊細な魔力コントロールが必要に……。
「公女が海を渡っている間に、使い切ってしまうかと思ってましたの!
ジョシュアも、鞭の合間のご褒美がなくなるのではないかと、気をもんでましたわ!」
鞭?
ご褒美?
どうしてかしら?
バルリーガ嬢の、頬を上気した顔で発する言葉が、とても淫靡に聞こえ……。
「お仕置き……鞭……ご褒美……大奥監獄シリーズ……それに……蝋燭……」
んん?
視力を強化したブランジュが、とてつもなく深刻そうな顔つきで……何を呟いたの?!
最後の蝋燭って、何よ?!
まさか箱の中身は、蝋燭?!
一体、何に使うというの?!
心なしかブランジュの頬も、上気していない?!
いえ、それより公女よ!
まるでブランジュが孫達を見つめる時のように、バルリーガ嬢を微笑ましそうに目を細めて見つめている、そこの公女よ!
今日、というか、今!
初めて公女に得体の知れなさを感じるわ!
向こうの部屋も、私とブランジュがいるこちら側も、公女が空間の支配権を持っているかのよう!
公女の独特な雰囲気に飲まれている!
ジョシュアと婚約していた事から、公女の為人は影からの報告で知っていた。
公女は魔力に乏しいだけ。
魔法の才を除けば、幼少期から平民に扮し、自らの命を繋ぐ行動力が備わっている。
衣食住を充実させられているのも、料理の才能を開花させたからこそ。
だから本当の意味で、無才無能とは言えない。
公女として受けるべき教育から逃走していたのも、お金を稼ぎ、自らを虐げる母親から命を守る必要に迫られていたからに違いない。
だからこそレジルスが望む通り、公女を妃に迎えるのは、難しいと思っていた。
状況的にも、次の国王となるのはレジルスだから。
いずれ領地を与えられ、臣下に下る王子妃ならまだしも、公女が王妃となるには色々と足りない。
公女を馬鹿にしているわけじゃない。
適材適所の話なだけ。
王妃に求められるのは、生活力ではないから。
次代の国王として、ジョシュアは論外。
エメアロルは早期入学を控えているとはいえ、まだ学園に入学すらしていない。
そろそろ本腰でレジルスの婚約者を、ひいては未来の王妃に相応しい令嬢を王家に迎える必要がある。
そう考えていた……のに。
聖獣ヴァミリアの瞳に散る金は、気になる。
けれど恐らくヴァミリアと契約しているのは公女。
そして公女の、場を(違う意味かもしれないけれど)支配する存在感。
更に血筋は言うまでもなく、王妃に相応しい。
公女を見つめ返すバルリーガ嬢は、高位貴族であり、社交界を牽引する若き花。
そんな彼女の瞳には、崇拝の色が浮かんでいる。
バルリーガ嬢は、公女の後ろ盾になり得る。
となれば……。
「モニカ、駄目よ」
その時、私をひたと見据えたブランジュが、はっきりと告げた。
ブランジュの真剣な面持ちから、正確に私の考えを読んだ上で……否定したの?
ご覧いただき、ありがとうございます。
バルリーガ嬢がジョシュアをどうしているかは、ご想像にお任せします( ´艸`)
多分、ご想像の通りです。
原作4巻購入いただいた方は、エピローグ後半部分にある、4行くらいのバルリーガ嬢の持ち物描写とリンクさせると、ちょっとだけ「ふふっ」となるかもしれません。