「ブランジュ?
どうして?」
「駄目なのよ。
モニカ……大奥監獄シリーズの他にも……あるらしいの。
そしてソレを大々的に公表するには……クッ」
痛ましげな表情のブランジュには悪いけれど、何が何だかさっぱりわからない。
ブランジュとの付き合いも長いし、秘めた愛をブランジュに捧げている。
基本的にブランジュの主張には、いつも肯定しかしない。
何より私は魔力量も多いからか、勘は良い方だと自負している。
だからか本能、もしくは直感も、ブランジュの主張に従うべきだと告げている。
ただ……理性が……。
「ごめんなさい、ブランジュ。
全く意味がわからないから、もう少し説明を……」
そう、意味がわからないのよ!
どうしてそこに大奥監獄シリーズがポロッと出てくるの?!
「だってモニカ……。
どう伝えるべきかしら……そうね、ブランジュは【虎和】小説を見ていないものね。
だから……その……えっと……まず、そう、まず、巷で流行りの小説家である、トワの正体は、公女だと思うわ」
「え、ええ、そうね?」
言い淀むブランジュは、視線を彷徨わせた後、私に向き直る。
今ではトワの正体が公女であると、ほぼ確信しているから、同意する。
「そしてロゴ小説を書いたのも、きっと公女なの」
「そう……よね?」
私はロゴ小説を読んでいないけれど、その小説を読んだブランジュからの、前情報もある。
ロゴ小説とトワ小説の文章が似ている、という情報だ。
何より、先ほどのヴァミリアと公女の言動。
あら?
そういえば、ヴァミリアがエロ小説と……え?
待って、公女はどんなエロ、んんっ、官能的な小説を書いたの?!
いえ、だとしたら……待って、待って、待って!
もしかして公女は……既に夜の体験を?!
そうよ、そうよね……公女は平民に扮して働いていたもの。
貴族より平民の方が、そういう体験が早いって言うし……。
でも王家の影から、そういう報告はなかった……いえ、公女がジョシュアと婚約破棄してから、もう随分経つじゃない!
ロゴ小説の存在が明らかになったのは、最近よ!
ジョシュアとの婚約期間中、公女は手酷い扱いや、悪辣な噂を流されてきた。
けれど【平民ラビ】の正体を少なからず知り、幼少期から公女を見守っていた平民達は、噂に惑わされていない様子だったわ。
その上、【平民ラビ】は、平民達の間で、男女問わず人気があった。
ストレスの源、いえ、ジョシュアから解放された公女は、反動で……そんな体験をしたに違いないわ!
「ああ……公女……そうだったのね。
そうよね、きっとタガが外れて……」
思わず呟いてしまう。
貴族女性として恥ずべきだという、平凡な考えなんてしないわ。
唯々、公女を不憫に感じてしまう。
「……モニカ、多分、それじゃない……いえ、そうね。
だからロゴ小説を書く公女は、王妃にできないの。
何より、王家に嫁ぐ前に起きた出来事だとしても、王妃が赤裸々に綴った破廉恥本は、禁書指定しなければならなくなる」
ええ、そうよね。
ロゴ小説を処分し、噂として処理するにしても、そういう噂が出た事そのものが問題になってしまう。
王家の権威性が揺らぐ。
「そんなの損失、いえ、そうじゃなかったわ。
とにかく……そう、公女が長年、ジョシュアによって貶められたストレスの捌け口が、トワとしての活動だったはず。
気の毒な公女の捌け口を、奪うわけにはいけないわ。
何より、聖獣ヴァミリアがエロ、んんっ。
ロゴ小説の熱烈な読者である事は、秘匿すべき事よ」
ブランジュが時々、言い間違えているような気がしてならないわ?
会話の途中から、ブランジュが私の両肩に手を置いて、興奮気味に熱弁しているし……。
「ブランジュ?
何だかブランジュの本来の意図と、ずれていない?」
「そんな事ないわ。
私はただ、公女は王妃として生きるのだけは、読者とし、んんっ、王太后として反対なの。
それに公女は、幼少期から王家に少なからず縛られていたのだもの。
公女の真実を知っていたのに、手を差し伸べなかった私達が、これ以上公女を縛るのは良くないわ。
公女自身、王妃の座を望まないでしょうし」
「……まあ、そうね?
私達には目的があったから、王妃として王家に縛られる事を選んだわ。
だから堪えられた事も多い。
けれど望みもしていない公女を王妃にしても、きっと堪えられないわね」
言いながら、自分の考えが、既に退いた王妃だった頃に戻っていたと自覚して、苦笑する。
ブランジュは、そんな私に慈しむように見つめてから、口を開いた。
「ねえ、モニカ。
あなたを王家に巻きこんだ私が言うべきじゃないかもしれないけれど、私は良かったと思っているわ。
あなたと家族になれたから。
この先、私達の時間がどれくらいあるかわからない。
けれど死ぬまで家族として共に過ごす、一生のパートナーだと思っているわ。
そしてこれからの事は、後継達に任せて、私達は自由になりましょう。
だって既に王妃としての役目は、終えているもの」
家族……一生のパートナー……。
ブランジュの言葉を心で反芻し、噛みしめる。
私とは形が違うけれど、ブランジュも私に愛情を示してくれている。
そんな風に感じられ、心が温かくなっていく。
「そうね、ブランジュ。
死ぬまであなたの隣で寄り添うわ」
「ええ、私もよ、モニカ。
それじゃあ、トワの正体もわかった事ですし、行きましょう」
ブランジュの答えに、思わず笑みが溢れる。
「そうね。
さすがに体も冷えてきたわ。
久しぶりに、ブランジュの淹れた紅茶を飲ませてくれない?」
「ふふふ、蜂蜜を使った、ジンジャーティーにしましょうか」
「いいわね!」
ブランジュが見せる甘い笑みに、紅茶を飲んでいなくとも、ぽかぽかと温まる感覚がした。
きっとこれが私とブランジュの、家族としての形なのだろう。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
これにて、王家を立て直した2人の先代王妃達のパートは終わりです。
悩みましたが、ラビ=ベルだと気づかないままにしておきました。
初恋は、何も知らないままの方が色々と綺麗で良いかなと(^-^;)
今のラビがベルだと知ったら、しかもエロ小説なんて見たら、モニカが心臓発作でぽっくり逝きそう……。
ちなみに乙女なのはブランジュではなく、モニカの方です。
モニカの侍女(学園長の元奥様)だけでなく、ブランジュもモニカの乙女を純粋培養しています( ´∀`)