「父上は、私で良いと考えていらっしゃるのですか?」
魔法師団長の執務室を、いつものようにドアをノックせず、静かに開ければ、ライェビストではない者の声がした。
声音と言葉から、ライェビストの息子、ミハイルだと察する。
大きくドアを開けず、既に開いた僅かな隙間から、中の様子を窺う。
ちなみにドアをノックせずに開けるのが慣例となっておるのは、魔法師団長であるライェビスト=ロブールの、日頃の行いが悪いせいだ。
先に余がノックすると、魔法馬鹿の団長は仕事を押しつけられると思うらしい。
しれっと逃げる。
隠れて魔法の研究をする方が、本人としては有意義と判断しておる。
まあ、合ってはおる。
おるのだが、お前は責任ある魔法師団長だろうと言ってやりたい。
「何がだ」
「ロブール家の当主を務めるのは、私で良いのかと言いました」
なるほど。
最近、レジルスの補佐として城を出入りしておるミハイルは、次期当主としての自信が揺らいでおるのか。
心なしか緊張気味の声音から、そう推察する。
ミハイルは妹のラビアンジェ=ロブールの、魔法師としての実力を正確に知った。
更に妹がベルジャンヌ王女の転生体であり、稀代の悪女の真実も知るに至った。
6体もの聖獣と契約もしておるとあっては、自信を喪失するのも致し方ない。
「なれる奴がなればいい。
嫌なら、ラビアンジェにでも押しつけろ。
恐らく前当主がどうにかした後、寿命でぽっくりいけば、ロブール家が管理する事業や領が無法地帯になるか、家そのものが王家によって解体されるかするだろう。
私はどちらでもかまわん」
ライェビストよ、言い方があろう。
ライェビスト自身は、四大公爵家など心底どうでも良いと考えておるのはわかる。
娘の公女もまた、ロブール家自体に、何ら思い入れなぞないのも事実。
しかし普通、そうならぬ。
特にミハイルは、ロブール家らしからぬ一般常識を持ち、幼き頃より当主教育を施された、生粋の公子。
余が思っておるよりは、多少……気持ち程度の父性がライェビスト自身にもある……あると信じたいが、あるはず。
一言、「次期当主はお前で良い」とでも言ってやれば、息子の不安を取り除けるであろうに。
「しかしお前も私の答えなど、端から理解しているのでは?」
「それは……」
ほら見よ。
ただ一言、そのような言葉を父親から得たかっただけであろう。
「なのにお前がわざわざ尋ねてきたのは、私から何を確信したいからだ?
私が一言、お前が適任だと言ったところで、お前の中の疑念は消えん。
消えたところで、結局また生じるはず。
心の中で下に見ていた妹が、自分より優秀だったとして、何をもって優秀か考えろ。
嫌ならラビアンジェを、ロブール家から除籍すればいい。
本人は大して痛手にも感じないはず」
「そんな事、しません。
ただ……」
言い淀むミハイルを見て、ライェビストが小さく息を吐く。
「自分にとって価値がある方を選べばいい。
ラビアンジェが好きに生きてきたのを認めているように、私はお前にも認めている」
「父上……」
おお!
結局、本人に丸投げしておるが、最後は父親らしい感じでまとまっ……。
「それで、ミハイルよ。
お前のせいで私は逃げそびれたようだから、魔法師団長の書類処理を替わるくらいするんだろうな」
「え?
あ、国王陛下?!
いつから?!」
「ミハイルよ、気にするな。
ライェビスト、その書類はそなたが処理せよ。
ミハイルはレジルスの補佐官であって、団長の機密文書を読める立場ではない」
「チッ。
何の用だ」
慌てるミハイルと違い、ライェビストは初めから気づいておったらしい。
にしてもライェビストよ、忌々しそうな顔をするでない。
一応、余は国王ぞ?
「明日、冒険者ギルド本部より、ある冒険者が余へ謁見に訪れる。
そなた、明日は必ず余の執務室へ来い。
それから、何か情報を掴んでおるか」
そう、昨日の深夜だった。
冒険者ギルドの本部より、急きょ謁見が申し込まれたのだ。
急ぎ宰相が情報を集めておるが、各国にとって冒険者ギルドは切り離せぬ関係。
しかも此度の謁見は、ギルド本部から。
一体、何が起こっておるのやら。
再来月、騎士団長を辞するアッシェ騎士団長は、クリスタの護送で北へと旅立ったばかり。
後任を務める副団長だけでは、心許ない。
冒険者ギルドの支部ではなく、本部からの申請なだけに、嫌な予感がする。
「冒険者ギルド本部……さあ?」
ライェビストは暫し考えを巡らせたように見せるものの、つまらなそうに話を受け流す。
その様子から、心当たりがあるのかどうか、余には推察しかねた。
しかし余には1つ、秘策がある。
「そうそう、謁見に訪れる冒険者は、A級冒険者のカイン=アケプだ」
「ほう」
名前を伝えた途端、ライェビストの瞳が好奇心に色めき立った。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
今回初登場したカインですが、実は別作品で出ています。
鮮血の魔女との物語ですが、五万字いかないくらいの中編小説で、完結しております。
S級冒険者の事も詳しく書いているので、よろしければご覧下さい。
※なろうにも掲載中ですが、実は以前、最後まで加筆修正したのがカクヨムの方なので(^_^;)
【一途な悪女のヤンデレ製造物語】
https://kakuyomu.jp/works/16816927861420921560