「少し前、ロベニア国とリドゥール国の境界付近の海域で、集団魔獣暴走が起きました」
そう言ったカインの言葉を受け、宰相が頷く。
「我が国も、もちろん知っています。
ただ、あの時起きたスタンピードは両国の境界付近とはいえ、リドゥール国の領海。
ロベニア国としては、自国の領海内、かつリドゥール国との境界付近の海上に、魔法師を待機させた上で、リドゥール国と共同で冒険者ギルドへ、万が一に備えた対処を求めたはず」
互いにおいそれと自国の兵を、他国の領海へ派兵するわけにはいかぬ。
とはいえスタンピードの兆候が現れれば、実際の暴走が始まるまでに、そう時間はかからぬ。
故に状況に即して互いの兵を送り合う協定を、両国で即時締結させる時間はなかった。
そしてこのような時、冒険者ギルドへ国から緊急依頼を出す事が、最良の選択となる。
何故なら所属をギルドに置く冒険者だけは、国を跨いで動く事が許される。
余談だが、それ故、各国は冒険者ギルドと表だった対立はせぬ。
此度のようにギルド本部からの謁見を断らぬのも、それ故。
それにしても……。
意図せず眉間が中央に寄りそうになるのを、ぎりぎりで堪える。
嫌な予感しかせぬ。
結局、あの日のスタンピードは兆候を見せながらも、結果的には収まったと報告を受けた。
そしてその前後で、海を行き来した商船が存在する事も、報告書に記されておる。
リュンヌォンブル商会の商船とな。
更にこの……青紫色の網……。
つい手に力が入ってしまう。
遠い目もしそうになるが、留める。
いかんな。
あの商船に乗っていた、有名デザイナーの正体を思い浮かべただけで、普段せぬ努力が兎角、必要になってしまう……。
「しかし、とある商船が海洋生物型魔獣で荒れ狂う海上を横断しかかると、スタンピードの形成初期と思しき魔獣達の進行方向が逸れ、後に自然な形で収まった、とギルド本部から聞いています」
「……それも……報告は受けています」
宰相よ。
そなた、もっと努力せよ。
感情が目に出ておるぞ。
そしてライェビストよ。
余の手から、無言で青紫色の物を取り上げるな。
そなたは一応、我が国の魔法師団長ぞ。
相変わらず無表情だが、目は興味津々ではないか。
この魔法馬鹿めが。
国王と宰相が、あらゆる感情を押し隠しておるというのに、団長職のそなたがソレなのは、どうかと思うぞ。
「確かスタンピードの原因究明は、ギルド本部が行うとしておったはず」
心の中でライェビストを罵る事で、何とか平静をたもちつつ、言を紡ぐ。
「場所が海という、人間にとっては不利な場所。
更にスタンピード後の調査は、どのような危険に見舞われるかわかりません。
その為ギルド本部は、S級冒険者に調査を命じました。
そして此度のスタンピードは、新種の魚型魔獣が引き金だったと判明した」
「新種の……」
「はい。
空を飛ぶ魚です」
「空を……飛ぶ……」
いつだったろう。
確かライェビストが離縁し、そう経っておらぬ頃だ。
レジルスが公女から贈られたと、とある魚型魔獣の生肉を薄くスライスした、カルパッチョを食しておった。
更に最近も、同じ魚のカルパッチョを食しておったな。
余は朝食を、可能な限り子供達と共にする。
レジルスが朝からカルパッチョを食したのは、この2回だ。
1度目。
同席していた弟妹が、試食したそうな目をレジルスに向けておった。
レジルスは見事に無視して、完食しおった。
そして2度目。
1度目と同じように弟妹達は、物欲しげな目をレジルスに向けた。
しかし1度目と違い此度のレジルスは、とてつもなく不本意そうな顔をしながらも、幼い2人に分けておった。
『……大物すぎて、切り身が大量に手に入ったらしいからな……チッ。
分けるようにと……渡されたからな……チッ』
レジルスは絞り出すような声に舌打ちを載せつつ、己を納得させるような口調でぼやいておった。
余もそれとなく、物欲しげな視線を向けてみた。
華麗なる無視を食らった。
いや、それより思い返せば、レジルスは何と申して追った?
大物すぎて?
大量に?
今だからこそ、誰がレジルスにそう告げたのかが、とてつもなく気になる。
もちろん察しはつく。
故にわざわざ聞きはせなんだ。
ロブール公女で間違いないか、万が一にも違うかもしれないと、希望をこめて確認しておれば良かった。
2度目ではレジルスが、魚の名も口にしておったな。
初めて聞く名で、確か……。
「トビウオ」
そう、ソレだ。
ライェビストよ、知っておるのか?
知っておるという事象が、そもそも不穏に思えてならぬ。
なぜならライェビストの離婚後、新種の魚型魔獣が見つかっておる。
飛来魚という名が命名された。
しかし以降、新種の魚型魔獣が見つかったなどという話は、聞いておらぬのだ……。
ご覧いただき、ありがとうございます。
トビウオは4章にて、レジルス&ミハイルVS.リリのバトルシーンで登場してます。
お刺身と書こうと思ったのですが、国王の日常的にはカルパッチョかなと思って、カルパッチョにしました(・∀・)