「遊んだだけで、あのように大きな飛来魚が弱るものか?」
申し訳なげな様子で話す妹の言葉を、カイン氏が遮る。
眉を顰める様子を見るに、にわかには信じられないといったところだろう。
俺も妹の実態を知らなければ、カイン氏と同じく、疑ってかかったかもしれない。
「うふふ。
元々この魔法具は、訳あって震えつつ、食いこむ仕様にしておりましたの」
しかし妹は気を悪くしたそぶりもなく、平常運転だ。
平常運転で引っかかる発言をしたな?
「ほう、訳あって?
どんな訳だ?
食いこむ仕様?
そんな仕様は、どう使う?」
カイン氏よ、食い気味な質問だ。
俺も同じ事を考えたが、平常運転の妹に嫌な予感しかしないからか、反応したくないぞ。
それにしてもカイン氏よ。
柵越しとはいえ、妹に近づきすぎだ。
俺の目に、レジルスのドス黒い嫉妬のオーラが、とぐろを巻いた蛇に視えてきた。
妹から離れてくれ。
「あらあら?
もしや……」
そんなカイン氏と、柵を挟んで間近で見つめ合う妹が、カイン氏の感情を読み取ったかのような顔をした。
かと思えば……待て待て、どうして妹は目を輝かせて、鼻の下を少しばかり延ばした?
「まあまあまあまあ、そうなのね?
うふふ、後で使い方を学べる、いわゆる薄い本というやつを進呈しましてよ。
最近発足した部門の中でも、選りすぐりのアッシェ、んんっ、人材に、試し描きしていただきましたのよ」
「そうか、助かる」
カイン氏よ、切れ長の目元が随分と緩んだな?!
それとなく頰を赤らめているが、表情は期待と……興奮か?!
何を想像して、興奮なんぞしたんだ?!
そして俺の破廉恥な妹よ。
薄い本?!
何の薄い本だ?!
R18と呼ぶ破廉恥本とは違うのか?!
一瞬、【アッシェ】と言ったな?!
人材とか部門とか、何の話だ!
まさかアッシェ家のアッシェじゃないよな?!
確かアッシェ家当主は近々、騎士団長を辞するはず。
それに伴い、ヘインズの2人いる兄達も、それぞれ職を辞するようだが、まさか……。
「とにかく、食いこむのも震えるのも、とっても重要な仕様でしたけれど、基本的には人に使うつもりで作りましたの。
そのせいで時折、飛び魚のエラを塞いでしまった可能性があるのも、弱らせた要因かもしれませんわね。
ただ、弱らせた直接的原因は、ハッキリしておりましてよ。
この魔法具を画期的に、かつ刺激を求めたのが、そもそもの間違いでしたの。
電流が流れるようにしてはどうか、だなんて考えて、ロベニア国を出てすぐに思いつき、航海中に改良してしまって……」
「刺激を求めて……電流?
推察するに、十分刺激的な初期設定だろうに、更なる刺激を求める必要があったと?」
「魔法具の作り手としては、SとMが奏でるノスタルジックさを追求……」
「ラビアンジェ、手短に説明するんだ」
ヤベえ空気を妹の言葉から感じ取った俺は、当然のように妹の言葉に軌道修正を試みる。
「わかりましたわ。
とにかく改良したまでは良かったのですが、試運転をする前に、ぶっつけ本番で飛び魚に使ったのが悪く……。
途中から、魔力の通りが良くなりすぎてしまいましたの。
魔力を電流に変換した際の電流量が、ショート寸前マックスレベルに過変換してしまいましたわ。
そのせいで残念ながら飛び魚水上バイクは、周囲の小さめな飛び魚も含め、昏倒してしまう事に。
幸い私自身は、元々の魔力の持ち主だったからか、通電はしませんでしたが。
ただ、海面はある意味、豊漁状態。
海面には、飛び魚の群れがプカプカと。
なので、せっかくですから全て回収し、責任を持って捌きましたわ」
……妹よ、その魔法具、元々は人間に使うつもりだったよな?
下手をすると人間は、一瞬で電流に殺られていたんじゃ……。
「しかし大きな飛び魚の方は、人体に有害なレベルまで凝縮された毒が、血中に含まれていたはず」
なるほど。
魔獣にはたまに見られる現象だ。
魔獣が大きく成長すると、体内で人体に有害な毒を孕む事がある。
「途中で合流した船にいた皆で、手分けして船にくくりつけて、海水に晒しながら帰国しましたの。
毒抜きは完璧でしてよ」
「そうか、さすが公女だな。
それで他の海洋生物のスタンピードが、海中を漂う飛来魚の毒に晒され、収まったのか」
カイン氏をグイッと押しのけ、立ち位置を交代したレジルスが、感心したように妹を至近距離で褒める。
「……何の奇跡だ……」
唖然としたように呟くカイン氏よ、俺もそう思う。
そしてどことなく得意気な瞳で妹を見つめるレジルスは、妹から離れろ。