「取り引き?」
時が経ち、夜も深まった頃。
離れに留まった妹とミニドラゴンを除く、俺達人間4人は夕食を本邸で済ませてある。
急きょロブール家に泊まる事になった、レジルス、そしてミルティア氏とカイン氏は、客室へ案内した。
珍しく、というか、初めてかもしれない。
妹が俺の自室に訪ねてきたのは。
そんな妹は、俺が教皇リリと共に探し出した、ヒュシスがヴェヌシスに贈った魔石を所望した。
何故、今なのかと尋ねた俺に、妹はミルティア氏と取り引きしたのだと答えた。
「左様ですわ、お兄様。
ミルティアさんと、お花ちゃん、クロちゃんがお話しできるようになりたいらしくて」
「まさか……2頭のドラゴン達を、昇華転身させる気か?」
「いいえ。
確かにクロちゃんなら、私と私の契約する聖獣ちゃん達が協力すれば、聖獣へ昇華転身できますわね。
お花ちゃんにも素養がありますわ。
先に昇華転身したクロちゃんと、ミルティアさんがお花ちゃんの素養を育てていけば、可能でしてよ。
聖獣になれば、うちの聖獣ちゃん達と力比べしても、お城の時みたく一方的に負かされる事もないでしょうね」
「なら……」
「ですが過去の一件とやらで、ミルティアさんとクロちゃん自身が、聖獣になる事を拒否されてますの。
お花ちゃんは、そもそも聖獣に興味ありませんわ。
何でもミルティアさんとクロちゃんには、過去に国家権力に利用されるだけされた末、手酷い裏切られ方をされたようで……」
困ったように苦笑する妹の表情から、ベルジャンヌ王女を思い出す。
しかしミルティア氏の生家の話を、カイン氏から聞いた限り、S級冒険者となった経緯も含め、成り行きだったはず。
まさか妹のように、前々世や前世をミルティア氏が覚えているなんて事もないはずだ。
俺だって、妹を助けるのに過去へと渡らなければ、信じたりしなかった。
そんな普通は誰もが疑うような事情が、誰にでも起きるはずがない。
はずがないが……俺の妹が妙なところで見せる懐の広さを、勝手気ままに振る舞っていたミルティア氏に感じるのは……何故だろう?
いや、深く知りたくはない。
妹で手一杯なのに、これ以上、他人に振り回されたくない。
ただでさえロブール家に相応しいのは、実は妹ではないのかと悩んでいる。
もちろん俺が当主になったとしても、妹を家から追い出したりはしない。
妹は、これからも俺が守るべき存在だ。
ただ、妹には実力がある。
なのに妹がロブール家当主を望まないのは、俺がいるからじゃないのか?
妹が俺に遠慮しているせいで、望まないんじゃないかと考えてしまう自分もいる。
父上にそう告げた俺へ、父上が言った言葉が的を射ているのも理解してはいるが……。
何より、妹はこれからも好きに生きるだろう。
それなら、いつまでも公女の肩書きでいるよりも、ロブール家当主の肩書きがある方が、妹を守れるんじゃないかとも思う。
もちろん妹が俺の思い通りになるなんて、考えているわけじゃない。
そもそも、この妹をどうにかできるとすれば、前世の夫である影虎くらいだ。
レジルスには申し訳ないが、そろそろ次期国王として立太子されるはず。
今のところ動きはないのは、気になるところだが。
第2王子は既に王位継承権と身分を実質的には剥奪されている。
表向きは第2王子の身柄を引き取る側の体面を考慮し、臣籍降下したように見せかけているが。
既に王族の資格たる髪色の銀も失っており、元王子としての価値もなく、引き取り側が損をするだけの為、王家が示す、相手の家へのせめてもの誠意だ。
ちなみに第2王子の髪色に魔法をかけ、王族直系特有の銀を再現する事は可能だが、それは銀を持つ王族直系による魔法でなければ不可能だ。
理由はわからないが、聖獣アヴォイドの祝福が絡んでいる気がする。
どちらにしても第2王子の身柄が城から移れば、次はレジルスの立太子に目が向くはず。
第3王子が早期入学するとはいえ、まだ入学すらしていないくらいには幼いからな。
そうなれば妹以外の貴族令嬢が、レジルスの婚約者に強制的に選ばれる。
妹は、表向きには魔力の低い、素行が貴族らしくない公女だ。
その上でロブール家だけでなく、国王陛下も妹の意志を尊重している。
前世の夫を想う以前に、権力から距離を置きたがる妹だ。
王太子、ひいては未来の国王の隣に立つなど、望むはずがない。
レジルスが妹へ、未だに執着しているのは明らかだとしても……。
「なら、ミルティア氏がお前へ差し出す見返りは何だ?」
そんな風に考えながら素直な疑問を口にすれば、妹が破廉恥ではない方の、ヤバイ顔つきでニヤリと笑う。
この顔は…………セーフな方だ。
多分、きっと、恐らくは、貴族令嬢としてならアウトだが、人としてはセーフな方……であって欲しいと俺が懇願してしまう方の、変態顔だ。