「あー、スッキリしたぁ!」
頭突きの勢いで、掴んでいたジャビの胸倉を放したヒュシスは、立ち上がって清々しい笑顔で言い切った。
尚、勢い良く後頭部を打ちつけたジャビは、とうとう気絶してしまったらしい。
2人して10才程度の児童姿だからこそ、余の心象にまつわる何かしらの衝撃が緩和されているが、もし大人の姿のままなら……。
そう考え、悪寒めいたものを背筋に感じた時、公女が動く。
つかつかと歩み寄り、ジャビの側らに膝をついたのだ。
「ワン、ツー、スリー!
スリーカウントよ!」
公女よ、何故に突如、カウントした?
かと思うと、公女はおもむろに立ち上がる。
ジャビを跨いだままでいるヒュシスの、右手首を掴んだ。
「カンカンカンカンカン!
勝者、ヒュシース!」
言い終わると同時に、掴んだヒュシスの手を上げた。
公女よ、何故にキリッとした顔で、宣言めいた事をする?
「きゃー!
積年の怒りも晴れるわー!
ラビアンジェ、ナイスセコンド!」
「うふふ、旦那さんがプロレス好きだったから、時々、観戦してたの」
少女達よ、余はそのテンションについてゆけぬ。
チラリと終始無言のライェビストを見る。
ライェビストよ、つまらなそうな無表情をするでない。
目は心底、どうでも良いと言うておるが、そなたの祖先と娘だぞ、この魔法馬鹿。
魔法ではなく、物理での勝者決定を前に、明らかに退屈そうだな、魔法馬鹿。
「それにしても、やっぱり子供の姿になっていると、可愛らしいわ。
二卵性とはいえ、あなた達は双子ちゃんですものね。
顔立ちもどことなく良く似ているわ」
「ラビアンジェ……月和の息子達を思い出させてしまったかしら?」
「いいえ。
どちらかというと、年子で喧嘩ばかりだった孫の姉弟よ」
どことなく郷愁めいた顔で語る公女。
そうであったな。
公女はベルジャンヌ王女の後、異世界で月和という人生を歩んでいた。
軽くしか聞いておらぬが……そうか、孫ができたくらいには、長生きしておったのか。
余は王家の影が上げる報告書や、ここ1年程で接した公女しか知らぬ。
子供の頃の公女は、昔から子供らしくない、妙な落ち着きと割り切り方をしておると感じておった。
そして直に接した公女からは、包容力のようなものを感じた事もあるが……。
そういう事であったのか。
通算すれば、恐らく精神年齢は100才を超えて……。
「お互い結婚して、子供ができてからは丸くなったけれど、20才過ぎまでは定期的に喧嘩していたわ。
小さい頃は特に、無理に止めてもその後すぐ殴り合いや蹴り合いの喧嘩が酷くなったの。
だから旦那さんと2人でセコンドとして判定したり、大怪我しそうな時は、悪役レスラー扮する旦那さんが間に入って、姉弟の敵として倒されたりしていたの。
ちなみにそんな時は、私が実況中継して盛り上げていたのよ」
……前世の公女は、むしろ王女の頃より落ち着いておらぬのでは……。
前世の夫も……愉快な性格のようだ。
「楽しそう……悪役レスラー……戦ってみたい……」
ヒュシスよ、確かに楽しそうではあるが、目を輝かせて、何故に余を見た?
そもそも悪役レスラーとは、何者だ?
これまでの話の流れと、公女の言葉から察するに、戦闘民族的な悪者だと察しておるが……。
「ふふふ、ジルガリムでは力不足よ。
それに悪役レスラーには、観客や選手を盛り上げるような、煽りスキルも必要なの。
さすがに……」
公女がチラリと余を見るも……。
「ないわね」
「そうね」
少女達よ、2人してヤレヤレという顔と仕草で、むしろ余を煽っておらぬか?
余は決してせぬぞ?
得体の知れぬプレッシャーを感じるが、余は見ざる、聞かざる、言わざるを貫くぞ。
「……ぅ……っはっ、ヒュシス、ヒュシスはどこに?!」
その時、脈絡なくジャビが意識を取り戻した。
ジャビは慌てたようにヒュシスを求めながら、がばりと体を起こす。
ジャビよ。
余は今、人生で初めて悪魔に感謝してしまったぞ。
礼を言おう。
少女達から放たれる、得体の知れぬ期待感を霧散させてくれて。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
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詳しくは本日の活動報告に書きましたので、よろしければご覧下さい(*´∀`*)