「……良いのだな?」
公女と別れて一週間後。
余の自室に前触れなく転移してきたレジルスに、静かに問うた。
「はい。
リドゥール国に続き、冒険者ギルド本部の本部長、そして蠱毒の箱庭を共同統治するデイラム国からも、協力する旨を取りつけましたから」
「そうか。
エメアロルは?」
レジルスの報告に頷くも、ふと、後から苦労しそうなもう1人の息子が頭を過り、口にする。
「エメアロルの打たれ強さは、俺達兄弟の中で1番強い。そもそも全てを考慮し、エメアロルの入学を早めたのでは」
「……ふう」
こ奴、やはり伝えておらなんだのか。
余も、まさかレジルスがここまで早く事を成すとは思わず、また、おいそれと口にも出来ぬ立場。
それ故エメアロルには、レジルスの計画について話しておらぬ。
が、レジルスよ。
王子としても、兄としても、どうなのだろう。
小心者のエメアロルに、有無を言わさず諸々を押しつける気しかないな。
エメアロルを気の毒に思いつつも、国王たる余が率先して、父親としての立場を優先するわけにもいかず、あえて話題を変えるに止めようと口を開く。
「間に合いそうか」
恐らく公女は、兄ミハイルの複雑な感情に気づいておる。
そしてライェビストは、かねてより決めておったロブール公爵家当主の世代交代を、先延ばしはせぬ。
そして公女は、余とライェビストに創造した空間を見せ、悪魔となった初代ロベニア国王の顛末を見せた。
もちろん余に見せたのは、幾つかの人生を挟んだとて、王女としての責務を果たす意味合いが大きいはず。
しかしライェビストに見せたのは、単に公女の父親だから、ではない。
魔法馬鹿ライェビストを魔法で釣り、何かの便宜をもぎ取っておる。
『それではお父様。
例の件諸々、お願いしましてよ』
『ああ。
ミハイルはこのまま、当主に任命しておこう。
お前は、お前の好きにすればいい』
公女の空間から出た後の、親子の会話だ。
これだけなのに不穏さを感じるのは、余が少なからず公女の、そして多大にライェビストの性格を知っておる故にだ。
なお、かなり短く、あっさりした会話であったが、この程度の事に驚く情緒は、今更持ち合わせておらぬ。
この後、公女はすぐに転移していなくなった。
ライェビストにどういう事か尋ねても、既に興味はないとばかりに、本人も転移してしまった。
一応、余は国王で、魔法馬鹿は魔法師団長ぞ?
しかしロブール公爵家内の事に、口は出せぬ。
故に今日まで、真相を掴めぬまま。
わかるのは、公女が何かしら動く可能性が高く、ライェビストは全く止めるつもりがない事だけ。
「難しいかと。なので、俺が、公女の側に侍る最短ルートを目指します」
やはりレジルスは、公女の動きを察しておる。
どうでも良いが、それとなく【俺が】を強調せなんだか?
まあ良い。
レジルスは学園祭以降、見せた事のない処理能力を発揮し、これからに備えて動いた。
この初恋馬鹿め。
能力の高さを発揮するのは、父として、王として、嬉しくもあり、頼もしくもある。
【初恋の公女が絡んだ時のみ】でなければな。
一体何の限定解除……初恋限定解除であったな……そうであった。
「はあ……お前もギリギリのところでは、王族の自覚があったのだな」
それでも王族としての順序でいえば、レジルスは守っておる。
何よりレジルス自身は、これから厳しい矢面に立つ事を、あえて選択したとも言えよう。
もう少しエメアロルにも、初恋にかける千分の1くらい、気遣いと察しを向けて欲しいと思うのは、望みすぎであろうか……。
「まあ、公女に嫌われたくありませんから」
確かにレジルスが言った通りよな。
ベルジャンヌ王女の頃の記憶がある以上、公女は王族として、最低限の責務を求めておる。
公女自身、死んで転生したにもかかわらず、王族が負うべき責務を果たしておる。
なのにレジルスが、王族として何の責務も果たさず公女に侍ろうとしたとて、公女は決してレジルスを受け入れぬ。
余はそう確信しておる。
レジルスも確信しておるからこそ、先に成すべきを成すと決めたのだ。