2月X日
突然だけれども退職しましたまる。過労でぶっ倒れて危うく現世とおさらばするところだったのだ。仕方がないね。それなりに責任感を持って仕事に臨んでいたのだが、流石に医者から「過労で死にますよ？」なんて遠まわしにであっても言われてしまっては仕方があるまい。作戦『いのちだいじに』だ。貯金だけはあるから暫く休んで再就職先でもゆっくり探そう。
後、歳の離れた妹が凄い心配してくれた。かわいい。胸はないけれども。だがそれがいい。
2月X日
日中密林プライムで米ドラマ見ていたら、妹からパソコン貸して欲しいと言われる。スマートフォン持っているだろうに、とも思ったが大画面で見たい動画があるらしい。
私の「何を見ている？」との問いに妹は「Vtuber」と一言だけ答えた。「それは一体何者ぞ」と更に問いかけるととても早口で大量の情報をこちらに一方的に投げつけてきた。
アニメや漫画のようなキャラクターのガワを被って配信する者のことを『バーチャルYouTuber』と言うらしい。妹は『あんだーらいぶ』なる『箱』を推している。
スマホすら持ってないしパソコンの操作も未だ覚束ない私にとってはもう何だかよくわっかんねぇ……軽薄な男に夢中になっているよりかはずっと健全だとは思うのだが、愛妹のことを誑かしたVtuberなる存在許すまじ。
2月X日
突然だけれどもVtuberのデビューを目指すことになりましたまる。
即落ち二コマやん、ワレェ！……との突込みは甘んじて受け入れよう。
妹から「声だけはいいからオーディション受けてみなよ。男のライバー少ないしチャンス」と言われたのだ。最初は断ったが可愛い妹からの上目遣いで頼まれちゃったから仕方ないネ。きっと推しのサインがどうとかいう話は無関係のはずだ、多分。お兄ちゃんのことを利用するような悪い子じゃないもん、きっと照れ隠しのはずである。
書類の趣味特技の欄を空欄で出したけれど、ないからしゃーない。就職するときは読書だとか映画鑑賞だとか趣味のない人の書くテンプレで埋めていた記憶がある。選考に使う動画は版権フリーのショートストーリーの朗読。昔取った杵柄というか、初恋の女の子が在籍していたというだけの理由で所属していた放送部の経験が活きたらしく、録音や編集に立ち会った妹は大満足の出来のようだ。妹の喜ぶ顔が見れてお兄ちゃん嬉しいよ。
ちなみにその女の子は高校二年生の夏に金髪のチャラい先輩とお付き合いすることになりましたとさ。その後傷心の私に声をかけてくれた幼馴染と付き合うことになるのだが、オチとしては大学進学で遠距離恋愛になって二ヶ月でヤリサーのチャラ男に寝取られましたまる。
あ、でもNTR系もイケる口になったよ。よかったね（泣）
2月X日
オーディションに受かった。
えぇ……うせやろ。採用担当者大丈夫ぅ？
来月末にデビュー配信があるとかなんだとか。会社から配信用にスマートフォンが支給される。アダルトコンテンツとか見ると会社に筒抜けになったりしないだろうか、とか割とどうでも良いことを心配する。NTR同人CG集とか好き好んでDLしてるとかアカンこれじゃ社会的に死ぬぅ。
マネージャーさんにオススメされたパソコンや機材を一式揃えると中々の出費になる。レシート、領収書は取っておくようにと言われていたのでひとまとめにして机の引き出しにぶち込んでおく。確定申告とか結構大変そうだなぁ、何てことを頭の隅に浮かべながら。
3月X日
同じ日にデビューを予定している男性と通話する。やたら陽気な子というのが第一印象。年齢は21歳と私より7つも下だ。こういう手合いを見ると嫌な過去の思い出がフラッシュバックするから苦手である。おかしい。薄い本とかだと平気なのに、何故だ。
それから私が魂を吹き込む姿――つまるとこの『ガワ』を見せてもらう。
「なんじゃ、この爽やかイケメンは」
艶やかな黒髪に切れ長の目。クールなイケメンというような印象。何より私と違って目が死んでない。生き生きしてるというかキラキラしている。外面だけは人気出そうな感じである。なお中身はお察し。妹も「中身がお兄ちゃんじゃなければ推せた」と大絶賛。いや、これ大絶賛……だよね？ ちなみに同時デビュー予定の彼のガワは金髪でやんちゃな感じの私の思った通りの見た目だった。イケメンなのは共通ではあるが。実物の彼を知らない。だが、架空のアバターのみを知る同僚。現代社会らしいと言えばそうなのだろうか。
名前は神坂 怜。若干中二臭いけどイケメンだから許されている感が凄い。同期の彼は確かハセガワ君、だったかな？ 下の名前は忘れた。もうハセガワ某くんでいいや。一度通話して以降全くの疎遠なのだから。
3月X日
公式からのデビュー告知と同時に公式SNSが稼動する。我SNS使ったことないマン。とにかく丁寧を心掛けよう。あれ、なんでこれ140字で書き込めなくなるんだ。欠陥品だろ、このサイト。
3月X日
『春風の候』から始まるくそほど丁寧な挨拶文が笑いものにされる。酷い。後、書き込んで5秒後についた最初のリプライが「死ね」だった。
えぇ……（ドン引き
ハセガワ某君は「童貞の僻みってヤツっすよ、それ」とゲラゲラ笑っていた。そういう突き抜けた明るい性格は根暗な私には少し羨ましく思えた。
私も彼に対しても批判的なご意見が多いのはこの『あんだーらいぶ』という箱ならではの現象であろう。現在在籍している男性ライバーは僅か2名。1名は男の娘なので割と女の子に近い扱いをされているし、もう1人は創立以来支え続けてきた功労者。故に諸先輩方は箱推しと呼ばれる人々から認められている。
他の企業ではそもそも男性Vtuberが存在しなかったり、男性のみ別枠ブランドからデビューといった扱いが多い。この界隈圧倒的に男性ユーザーが多いので、女性Vが多くなるのは仕方がない。とは言え、今後を見据えてほぼ手付かずの女性ユーザー獲得を目指すのは企業戦略的にはまあ至極当然なわけで。今回の男性Vコンビのデビューは一つの試金石。運営サイドとしてもそれなりに気合を入れているらしく、女性受けの良い人気イラストレーターを採用。公式SNSや所属ライバーを使っての宣伝もかつてないほどの熱の入れようだとか。
とは言え、そんな事情は既存ユーザーにとっては関係ない。急に沸いて出てきた野郎2人がいきなり認められるはずもない。平和なエルフの森に現れたオークみたいなものなのだ。薄い本なら次ページでもう合体だよ。
「まあオフコラボとかも多いから余計な勘繰りしちゃうんじゃない？ あ、エリカ様のサインいつ頃もらえそう？」
兄のことを気に掛ける妹の鑑。可愛い上に気遣いまでできるとか最強か？
3月X日
デビュー配信日だった。
以前からのファンからはボロカスに叩かれまくり、配信前にもかかわらず待機場では低評価1000を突破。他人から早々簡単に評価されるわけはない。
「初めまし――」
電話口でも頭を下げてしまうあんなノリをやってしまい見事にマイクスタンドと頭部をごっつんこさせてしまう。
「……ごめんなさい。ホントすみません……土曜日の夜皆さんご機嫌いかがでしょうか」
［しね］
［消えろ］
［エリカ様に近づくな］
［声は良い］
［失せろ］
［初手事故草］
好意的なコメントもないことはないらしい。極力このあたりには触れないように進行するのがベターだろう。会社にいた頃は上司から罵倒を浴びせられながら仕事していたのだ。この程度よゆーよゆー。胃は少し痛むけれども。デスクの脇に置いてある五年前の家族写真にある妹を見て心を静める。
助けてマイシスタァアアアア！
「まずは公式プロフィールをですね――」
当たり障りのない先輩の初配信に沿った面白みの一切ない配信には約1万人の視聴者が集まった。SNSに使うタグ決めだとかファンアート云々。最後に罵詈雑言6割で残り4割の比較的まともな質問箱から適当に質問を拾って終わり。過去の型通り、変わり映えのしない初配信模様だったはず。こういうところで無駄に冒険しようとする勇気は私にはない。
【初配信】はじめまして。神坂怜です。【あんだーらいぶ】
最大同時視聴数:約9200人
高評価：580
低評価：3015
3月X日
突然ですがハセガワ某君が解雇されました。突然の死である。というのは冗談で、ゲームのアカウント名から言うところの『前世』垢が割れてしまい、過去に未成年と淫行、妊娠させ逃亡したというこれまたエグいネタが出てきてしまったらしい。この件に関してはいくら同期でも庇い立てする気にもならないが、この一報を聞き叫ばずにはいられなかった。
「はせがわぁあああああァ！」
と言うわけで、デビュー2日目で同期が死にました。
神坂怜 チャンネル登録者数1058人
◇◆◇◆◇◆
あんだーらいぶを語るスレ XXX配信目
243名無しのライバーID:wiTt2FhsL
デビュー配信翌日に解雇は草
246名無しのライバーID:IwOD1OnTN
割と笑えないんだよなぁ……
249名無しのライバーID:o7iW9rwPV
同期の初配信が低評価ダンク会場なってるの正直気の毒なんじゃが
253名無しのライバーID:Ugjxp1CAJ
低評価3000越えとか柊のゲーム画面映さず延々やってた放送の3倍やん
254名無しのライバーID:54l/G/yMf
伝説の3時間畳配信の話は止めるんだ！
255名無しのライバーID:zGqV/mFOU
嫌な事件だったね
259名無しのライバーID:4KBKaGxs+
過労死しかけて脱サラしてライバーデビューした元社畜にこの仕打ちである
266名無しのライバーID:SisterChan
スレ民だけは優しくしてやろうぜ
ハーメルンにてマルチ投稿しています。
特殊タグ演出の都合上、そちらを推奨します。
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よろしくお願い致します。
